2-社会情報論

SmartNewsに「オピニオンチャンネル」が登場。アルゴリズムと民主主義を構成するメディアについて

[L] SmartNewsに「オピニオンチャンネル」が登場。アルゴリズムは、感動の涙を流すのだろうか | Lifehacking.jp

上の記事を興味深く読みました。

私も、SmartNewsの「オピニオンチャンネル」には注目しています。現状、いくつか論点がありそうですが、簡単にぐるっと一周してみましょう。

なめらかな社会とそのメディア

そもそも、この「オピニオンチャンネル」はどのような目的で設立されたのでしょうか。

SmartNews、ブロガーの意見や社説を集約した「オピニオンチャンネル」を開設 | スマートニュース株式会社

当社は「世界中の良質な情報を必要な人に送り届ける」というミッションの下、世の中のあらゆる良質な情報を提供していくことを目指しています。多様性あふれる価値観や視点をワンストップで見ることができる「オピニオンチャンネル」は、「良質な情報はもう一つの良質な情報を生み出す」という考え方に基づき、より多様なオピニオンを促進するための第一歩としてオープンします。

目的は「より多様なオピニオンの促進」とあります。

良質は情報は、それに触れた人から良質のアウトプットを引き出す。よって、ワンストップで、多様性溢れる価値観や視点に触れられるチャンネルがあれば、それが多様なオピニオンの促進につながっていく。こんなロジックでしょうか。

「多様性あふれる価値観や視点」は、社会を単純化させないために必須のものです。鈴木健さんは『なめらかな社会とその敵』の「はじめに」を、次のような一文ではじめられています。

この複雑な世界を、複雑なまま生きることはできないのだろうか。

単純な善悪に向けて収束していくのではなく、いくつもの機微を持ったオピニオンを「共存」可能にする。おそらくそれが、複雑な世界を複雑なまま生きることにつながっていくのでしょう。一元論、あるいは二元論に逃げるのではなく、なめらかな状態を維持し続ける。そういう役割がこのオピニオンチャンネルからは感じられます。

そうしたチャンネルに個人ブロガーが入っているのは、当然のことと言えるでしょう。むしろ絶対に必要とすら言えるかもしれません。拙著(※)でも少し触れましたが、個人が個人として、自分の意見を社会に向けて表明できるのがブログというメディアの最大の特徴です。そうしたブログ同士でのオピニオンの交換は、いわば「市民の議論」です。成熟した民主主義を構成するために欠かせないものです。
※『ブログを10年続けて、僕が考えたこと』

多様性を殺すのではなく、活かす方向に、むしろそれを促す方向にこのオピニオンチャンネルが機能するなら、それは素晴らしい成果を残すことになるでしょう。

共感のタコツボ

こうしたニュース・アグリゲーション・メディア(と、とりあえず呼んでおきます)は、いかにして記事を「選別」するのかという課題を抱えています。

グノシー(Gunosy)は、ソーシャルグラフ的なものを活用していました。「自分が関心を持っている傾向の記事」あるいは「自分と近い人たちが関心を持っている傾向の記事」そうしたものがリコメンド(推薦)されるのです。

このアルゴリズムは一見機能しそうに思えます。

たとえば、私が好きな本を好きな人が好きな別の本は、私が好きである可能性は確かに高いものです。わかりにくいですね。類は友を呼ぶ、ということです。小説や漫画だけでなく、音楽や映画にもこの関係性は敷衍できるでしょう。

が、ニュースはそれでよいのでしょうか。

たとえば、私がリフレ政策を支持していたとしましょう(仮定です)。そうすると、他のリフレ政策の支持者が好むニュースが私のもとに流れ込んできます。当然、そうしたニュースは「リフレ政策には効果がある」といった論調のものになるでしょう。

はたしてこれを「議論」と呼ぶことができるでしょうか。そういうのはただの「集会」です。主義・主張が異なる人の意見を真摯に聞き入れ、お互いに自分の主張をアップデートしていくこと。あるいは譲り合えるポイント探ること。それが多様性を殺さない民主主義に求められるものです。共感を媒体としたニュース選別にはそれがありません。

求めているものが「おしゃべり」の素材となるような情報であれば、共感でも問題ありません。しかし、社会を構成し、前に進めていくためのメディアとして見た場合、それではまったく不充分なのです。

加えて、議論には共通の土台が必要です。一番簡単な例は、言葉の定義でしょう。それがまちまちならば議論は一歩も前に進まないことは、昨今のブログ空間を見ていれば明らかです。他にも、議論について最低限押さえておくべき事柄__法律に関する議論なら、その法律の条文など__がいくつもあります。

そうしたものを固める上では、「共通のニュース」といったものが必要になってくるのでしょう。

そのあたりの話は、以下の記事でも言及されています。

佐々木俊尚氏とスマートニュース松浦氏が考えるメディアの仕組み – ログミー

記事を選ぶのは誰か

一般的に新聞や雑誌には「編集長」が存在し、その人が記事の採用・不採用にコミットしています。

それをアルゴリズムに置き換えることの是非。これもSmartNewsについての論点になるでしょう。

少し長くなりますが、以下の記事から引用します。

世界中の良質な情報を必要な人に送り届ける。エンジニアとして社会で表現したいこと。|ニュースアプリ「SmartNews」の開発 浜本 階生さんの人生インタビュー|another life.(アナザーライフ)

このミッションを達成するためには、そもそも「良質な情報」とは何か、その定義から始めなければなりません。これは難しい問題です。例えば保守派の人にとって、リベラルな主張は「質が低い」と感じるかもしれません。でも、その人に対してリベラルな立場に基づく情報が届かなければ、情報の「たこつぼ化」が発生してしまいます。

こうした問題を解く役割を果たすのは、人手の編集による取捨選択ではなく、アルゴリズムの力だと考えています。したがって、アルゴリズムを作るエンジニアには、強い倫理観が求められます。SmartNewsでは、エンジニアが社員の50%を超えていますが、メディアやジャーナリズムに関わってきたメンバーも多く、様々な視点から「良質な情報とは何か」を考え続けています。

「良質な情報」を決めるのは難しい。よって、人手の編集ではなく、アルゴリズムを持ち出す。どうしても、人間の力を信じている私としては違和感を覚える意見です。しかし、本当にそうなのでしょうか。

人間が情報を選択するとき、二つの障害が存在します。一つは、バイアス。もう一つが、感情です。

たとえば、人間は誇張された棒グラフを見て、事態をおおげさに感じてしまう特徴があります。また、直近の情報やよく耳にする情報を信頼しがちな傾向もあります。加えて、嫌いな人の意見であれば、頭から批判的な見方をすることも珍しくありません。お堅い本をたくさん読んでいる人が、皿洗いをバカにすることも少なからずあるでしょう。

ようするに偏りがあるのです。それは情報の選択者が持つ性質として適切なものなのでしょうか。

そうした偏りは、ある種の個性やメディアの色ともなりえます。マスメディアたる新聞社にも、情報の選別には偏りがあるでしょう。それはネガティブなことではなく、むしろそうした偏りこそが読者を惹き付けている要因でもあります。つまり「右の人が好んで読む新聞」といったことです。

さらに紙面や放送時間の制約もあります。情報を乗せる物理的・時間的スペースに限りがあるのです。細かい話を補足したり、両方の議論を丁寧に追いかけていく余裕はありません。もし、それを行えば紙の新聞はすさまじい分厚さと値段になるでしょうし、それを買う人は激減するでしょう。

そう考えると、完全に「中立的」に書かれた新聞がもし存在しうるとしたら__もちろん仮定の中の存在です__あまり人気を獲得できないのではないかとすら感じます。

しかし、偏ったインプットに染まっていると、議論はなかなか醸成されません。ここが難しいところです。商売としては偏っていた方が成立しやすい。しかし、民主主義の議論的にそれだけでは前には進まない。そんな構造があるわけです。

知性のハイブリッド

デイヴィッド・バーリンスキは『史上最大の発明アルゴリズム』の中で、論理学者の声色を使いながら次のように書いています。

アルゴリズムは
有限の手続きであり、
定まった一組の記号で書かれ、
厳密な指令に支配され、
1、2、3……という個々のステップを踏んで進み、
これを実行するのに、洞察力も才気も直観も知性も明敏さも必要なく、
遅かれ早かれ、終わりにいたる──そのようなものである。

アルゴリズムの実行には、直観も知性も必要ありません。認知バイアスや感情が混じることがないのです。

そうしたものが情報を選別するならば、たしかに多様性を保つニュース空間が生まれ得るのかもしれません。じゃあ、人間の直観や知性や感情はないがしろにしてよいのか、という反論も浮かんできますが、それは若干的がはずれています。

なぜなら、選ばれる記事を書いている人は直観や知性や感情を用いているからです。それぞれの記事には、(ブログであれば)個人としてのオピニオンが潜んでいるのです。その意味で、この仕組みはハイブリッドなものだと言えるしょう。

ただし、アルゴリズムがきちんとオピニオンを選別できれば、という条件がつきます。

記事を選別するアルゴリズムが解析されれば、きっと「オピニオン風の広告記事」なんかも生まれてくるでしょう。全体の8割はオピニオンを装い、後半の2割で広告(アフィリエイト)を提示する。そうしたものは、アルゴリズムだけでは弾ききれない可能性があります。その先に待っているのはメディア空間の商業主義的汚染でしょう。

ツイート数やいいね!も、「お金で買うこと」ができる上、中身の質とは関係なく、短絡的に感情を煽る記事の方が数を集めやすいことを考えれば、(民主主義を醸成させるための)良質な情報を選別する役にはあまり立ちそうもありません。

いかにしてアルゴリズムを設計するのか。これが大きな問題となりそうです。

さいごに

それぞれの記事主体が「個人」のオピニオンを提出し、それをアルゴリズムが選別する、という役割分担が機能するならば、それは新しいメディアの形となっていくでしょう。

問題は、「個人」のオピニオンが、アルゴリズムの方を向いてしまったときです。アルゴリズムに選ばれやすい形で記事を書くことは、「個人」のオピニオンを歪めてしまうことに近しいものです。それは、アルゴリズムの合わせ鏡であって、結局どこにもたどり着けません。

その意味で、SmartNewsのアルゴリズムがどのように運用__開発ではなく__されていくのかは興味深いところです。静止したアルゴリズムは、高確率でアタック(解析)を受けますので、絶え間ない変化が必要なのだろうことは推測できますが。

それはそれとして、「アルゴリズムに選ばれやすい形で記事を書く」というのは、いかにもビックブラザー的な響きがあって薄ら寒いものがあります。結局、アルゴリズムに悪が潜んでいるわけではないのでしょう。従う人がいるから、王が生まれる。そういうことなのだと思います。

だとすれば、打開先はどこにあるのでしょうか。解析されないアルゴリズムなら良いのでしょうか。それとも、そもそも人間には開かれた民主主義など向いていないのでしょうか。さすがにそれは暗すぎる仮説です。やはり、「それでも」の思想を持って、少しずつでも事態を改善させていくしかないのでしょう。

※ちなみに、当記事のタイトルの序盤は冒頭で紹介した記事から拝借しています。オブジェクト指向におけるクラスの継承的なものをイメージしてみました。

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