楽しくなければ……

以下の記事を読みました。

著者と同じ時代に生きること 著書とR-StyleとWRM – うさぼうの人生ダッシュボード化計画

倉下さんは個人をエンパワーメントする、と書かれていますが、その手法が方法論を説いているようでいて、ひたすら自身が楽しんでいるようです。これは面白そうだ、だから同じようにやってみよう、というふうに私は動いています。

そもそも私自身が、社会不適合者です。生息できるのは一人か、せいぜい小さなチームまで。そういう人間って、日本ではなかなか生きづらいことがあります。で、生きるために工夫というかなんというかが必要になってきます。できれば、スキルもあった方がよいでしょう。

私が「個人をエンパワーメントする」と言う場合、たいていはこの社会にどことなく居心地の悪さを感じている人を対象としています。そういう人たちが、社会的成功を手にするまでいかなくても、それなりに充実感・納得感を持って生きていける。そういうものの補助になれば良いなと考えていますし、結果的にそれが社会に対する貢献にもなるでしょう。

が、それはそれとして、私自身がきちんと生きていくことも大切です。この場合の「きちんと」は、「楽しく」と言い換えられるかもしれません。

私自身が何の充実感も持っていなければ、他人にそれを示すことは不可能です。やろうとすれば、非常に滑稽なことになるでしょう。

ここはバランス感覚が必要となってきます。

「楽しむ」だけにフォーカスを当てすぎてしまうと、他人を騙してまで利益を手にすることが是とされてしまいます。かといって、他者への貢献しか念頭にないのならば、私自身が徐々に枯渇していきます。

一つ言えるのは、先ほどもあげた「生きるための工夫」には、「楽しんで何かをやること」が含まれている、ということです。それ自身が、生存戦略の一つなのです。

生きづらさを、別の生きづらさに変換して納得するようなことはやりたくありませんし、納得させるようなこともしたくありません。加えて言うならば、居心地の悪さの源から離れてしまうのも、どうにも違う気がします。当事者性を持たない人間が、他人を煽っているのはこれまた非常に滑稽です。


考えることはいつだって必要です。それが人間の人間らしさを生み出すのですから。

しかし、苦悩にまでいってしまうと話がややこしくなってきます。バランス感覚が必要なのです。

If I wasn’t hard, I wouldn’t be alive. If I couldn’t ever be gentle, I wouldn’t deserve to be alive.

マーロウのセリフは、いつだって胸に響きます。

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