一見、ノウハウ系のビジネス書に思えるが、れっきとした行動経済学の本である。
早川書房
売り上げランキング: 23,870
タイトルからは、時間管理がテーマな雰囲気が漂う。実際、時間をうまく扱えない人の話も出てくる。しかし、本書のテーマはより包括的な「欠乏」の概念とその影響である。そして、著者たちの視線は、時間欠乏症ではなく、むしろ貧困というより致命的な問題に向けられている。
著者たちはこう考える。貧困で苦しむ人と、先送り__ようは時間の借金だ__を繰り返さざるを得ない人には、共通の心理的な状況があるのではないか、と。
その意味で、本書は直接的なノウハウ本ではない。置かれた環境によって、人の心がどのように振る舞うのか、という行動経済学的な知見を得るための本である。その知見を、具体的なノウハウとして活かすには一手間必要であろう。その分、応用力は高いはずだ。
欠乏
原題は『Scarcity』。「欠乏」や「まれなこと」を意味する言葉だ。
貧困者は、お金が欠乏しているし、忙しい人は、時間が欠乏している。そして、その状況からなかなか抜け出すことができない。
なぜだろうか。
彼らが怠惰であるから? それとも能力が劣っているから?
そうではない、と著者たちは言う。何かが欠乏している、というその状況そのものが、不愉快な__ときとして致命的な__状況にはまり込んでいる人たちを圧迫し、そこから抜け出す術(すべ)を頭から締め出してしまう。
簡単に言おう。彼らは、欠乏に直面しているだけで、処理能力が制限されてしまう。
パソコンでたとえれば、普通に生活している人がアプリケーションを立ち上げているのに対して、はまり込んでいる人たちのパソコンでは「欠乏.exe」がバックグランドで走っている。当然、CPUにはその分の負荷がかかる。ごく簡単な課題であるならば、影響は軽微だ。しかし、少しややこしい問題となると、負荷分の差は如実に表れてくる。
そして、多くの「抜け出す術」というのは、ややこしい問題となっている。だから、欠乏者は、そうした問題をうまく扱えない(たいてい無視される)。結果的に、彼らはその状況にはまり続けることになる。
ときどき、「こんな怪しげなセミナーに参加する人なんているのかよ」と思うようなセミナーに参加している人がいるが、「欠乏」の作用と、人がどれほど追い詰められるのかという想像力を持てば、ある程度納得できる。
「欠乏.exe」が走っている人にとって、ややこしい問題は手に負えない。だから、簡単な__あるいは魔法のような__解決法を求めるのだ。そして、詐欺のようなセミナーはいくらでも儲かることになる。
著者たちは、こうした「欠乏」が人にもたらすものの影響を踏まえながら、実際的な(言い換えれば、機能する)施策の在り方についても提言している。その多くは貧困者の救済についての施策だが、そのエッセンスはもしかしたらタスク管理にも応用できるかもしれない。
さいごに
本書は、仕事術系の本としても読めるのだが、私はすこし違ったことを考えた。
「欠乏」は、人の処理能力にダメージを与える。
だとすれば、国民がやたらめったら忙しい国の民主主義ははたして機能するのだろうか。
いささか憂鬱になってくる問いである。
1 thought on “【書評】いつも「時間がない」あなたに(センディル・ムッライナタン&エルダー・シャフィール)”