2-社会情報論

本について言及する情報

NPO法人日本独立作家同盟さんのイベントが、10月9日に開催されるようです。東京での開催なので参加は難しそうですが、内容に興味をひかれます。

橋本大也「デジハリ図書館長と一緒に考える『本を読ませる技術』」 | Peatix

今回のセミナーは、デジタルハリウッド大学の図書館長で、カリスマ書評ブロガーの橋本大也さんにご登壇いただき、書いた本をどうやって読んでもらうか? について、参加者の方々と共に考えていきたいと思います。

「書いた本をどうやって読んでもらうか?」

たしかに書き手としては大きな問題ですね。

しかし、今回注目したいのはこちらではなく、第2部の方。

第2部はLifehacking.jp堀 E.正岳さんとの対談「さいきん面白い本って少なくないですか?」です。

「さいきん面白い本って少なくないですか?」

なかなか挑発的な問いです。

正直に言うと、最近私は「面白い本」を買いすぎていて積ん読マウンテンがえらいことになっていますが、それは横に置いてちょっと考えてみましょう。


そもそもとして、「面白い本」の数は少ないものです。といっても、それは相対的な数字でしかありません。

たいていの本は、誰かに向けて書かれているので、その誰かに自分がマッチングしなければ、その本を面白いと感じるのは難しいでしょう。勝手な推測ですが、全ての出版物のせいぜい4%ぐらいが、自分が面白いと感じる本なのではないかと思います。

とりあえず出版が産業化してからは、いつの時代も、少ない面白い本と数多くのそうでもない本、という環境があったかと推測します。

仮にその推測を前提として受け入れると、「さいきん面白い本って少ない」と感じる理由はどこにあることになるでしょうか。

おそらくそれは、本について言及する情報、ということになるでしょう。本について言及する情報が機能不全を起こしていれば、「面白い本が少ない」という感覚は強まりそうです。


極端な例を考えてみましょう。

日本で出版されている本が100冊しかなかったとします。

そして、とある書店では100冊の本を陳列できるとします。

この場合、読み手が4%の本に出会える確率は十分に高いものです。なにせ書店の端から端までを歩き回ればよいわけですから。

では、発売されている本が110冊ならどうでしょうか。少し期待値は下がります。なんといっても10冊の本は書店の棚に置かれません。その10冊の中に4%の本が含まれてしまえば、どれだけ書店を歩き回っても面白い本と遭遇することはできません。


実際のデータを確認したことはありませんが、日本の出版物はここ最近すごく増えているそうです。当然、書店に並べられない(並べてもらえない)本の数も増えてきているのでしょう。

しかし、全出版物に対する面白い本の割合が一定ならば、実は数の多さはそれほど大きな問題にはならないはずです。100冊しか陳列できない書店であれば、出版物が200冊でも1000冊でもそう変わらない、ということです。

濃度4%の食塩水はきちんと混ざっている限りにおいて、どこの部分をスプーンですくっても濃度は4%です。書店での本選びも、同じことが言えるでしょう。

もし、それが言えないのだとしたら、増えた出版物が「面白い本」成分を含まない物__言い換えれば、誰に向けても書かれていないもの__なのか、書店での選別に何かしらの偏りがあるのかのどちらか__あるいはその両方__でしょう。


びっくりすることに、本稿では結論めいたことを書きません。できれば、上記のイベントが終わって、誰かがレビューを書いてからにしたいと思います。

とりあえず、仮に一定数の人が「面白い本が少ない」と感じているのならば、それは本についての情報が機能不全を起こしているのではないか、という点が本稿が提出したいことです。一例として書店をあげましたが、もちろん書店にとどまる話ではありません。

面白い本たちは、いつでも読者を待っています。

そして、私はこうも思います。本についての情報は、時代と共に語り口を変えなければならないのではないか、と。

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