2-社会情報論

本の情報の二段階のコンバージョン、あるいはBIBについて

本について言及する情報」の続き。

NPO法人日本独立作家同盟さんのイベントが終わったようなので、ちらほらと考えたことを書いてみる。ちなみに、実況ツイートのまとめは以下。

橋本大也氏「デジハリ図書館長と一緒に考える『本を読ませる技術』」実況ツイート集 #aiajp – Togetterまとめ

まず最初に思ったのは、二段階のコンバージョンということ。

あなたは作家だとしよう。だとすれば、本を書き、それを誰かに読んでもらいたいと願うはずだ。とすれば、二つのステップが必要である。まず、買ってもらうこと。次に読んでもらうこと。この二つだ。

あなたが物を売りたいだけの人であれば、前者だけでいい。それで売り上げは立つ。でも、作家(アマであれ、プロであれ)であるならば、それだけでは十分ではない。読んでもらう必要がある。大量に買い込んである本棚の中から、自分の本をピックアップしてもらわなければならない。

本の情報を提示する→買ってもらう、が一段階目のコンバージョンだとしたら、買ってもらう→読んでもらう、が二段階目のコンバージョンとなる。ここがままならないと、あまり意味は無い。

なぜなら、新しい本を見かけたときに、「あっ、買って本棚に置いてあるけど、一行も読んでない作家の新作だ。ぜひ買おう」とはならないかだ。まっとうな反応は「あっ、前に読んで面白かった人の新作だ。ぜひ買おう」であろう。で、作家というのはこういう反応が引き出せないと、なかなかやっていけない(気がする)。

ここには三段階目のコンバージョンがあり、読んだ上で面白いと思ってもらう必要があるわけだが、その辺はあえて言うまでもないことだろう。

つまり、作家として見た場合、「本が売れた」だけでは十分ではないわけだ。本のことを知ってもらい、その本を買ってもらえ、さらに読んでもらったあげく、面白いと思ってもらえる。ここまできて、ようやく願いは達成される。

継続的な視点を持って

もちろん、面白いと思ってもらうためには読んでもらう必要があり、読んでもらうためには買ってもらう必要があるわけだから(ここには別のルートもあるがそれはさておき)、売れている量には注意を払う必要がある。少なくとも軽視してはいけない。

しかし、大量に売れたのだけれども、結局読まれていない、というのではあまり益はないわけだ。

もう一度言うが、本を売る人ならばそれでもよい。あるいは、一冊しか本を売るつもりが無い作家でもそれは同様だろう。しかし、継続的に活動を続けていく作家(アマであれ、プロであれ)であれば、大量に売れることは、それだけではたいした意味を持っていない。もっと言えば、その作品をつまらないと感じる人に大量に読まれてしまえば、無益どころが害がある可能性すらあるのだ(※)。
※炎上芸でやっていきたいなら話は別だが、それを作家と呼んでよいのかは難しい問題だ。

これはどのようにプロモーション活動をしていくのか、という視点で非常に重要なポイントだと思う。

売り上げは重要な指標だが、そればかり見ていると、見失うものが出てきてしまう。でもって、それが継続的な活動において一番重要なものだったりするのがやっかいである。

最適化された方法論の限界

もう一つ、興味を引かれたのが、以下のツイート。

これは個人の性格だけではなく、社会構造的な問題を含んでいると思うのだが、それはまた別の回に改めて書こう。

ともかく、たしかに上記のような病はあると思う。でも、そのこと自体はある程度はやむを得ないと感じる。人間とは損失回避の傾向を持っているものだ。それがたとえバイアスではあっても、何かしらのメリットがあるからこそ人間に染みついている。だから、それは深呼吸をして、そういうものだと引き受けよう。

すると、そうした傾向に呼応するように提供される情報に注意が向いてくる。

損できない病__私は「損したくない」ではなく「損できない」だと考えている__の人たちに向けられた、物を売るための情報はどうしても似通ってしまう。たとえば、売り上げランキング、たとえばお買い得情報。これらは安心感・お得感を先回りして提供する。

つまり、売れるわけだ。

世の中の情報が、そうしたもので溢れかえってしまえば、私たちはそれ以外の本の情報を目にすることが難しくなる。当然、出会いがなければ、読むこともない。よって、ランキングの本がより売れることになり、損失回避の傾向はより強まる、という循環的構造がそこにはあるのかもしれない。

どう考えてもマーケティング・データから戦略的に生み出されたようには思えない『21世紀の資本』が売れに売れたのも、象徴的な出来事と言えるだろう。きっかけは小さかったはずだ。しかし、どこかの時点で導火線に火がついた。あの本を紹介すれば売れる。あるいは売れているから紹介して間違いない、という心理__これだって損失回避かもしれない__がメディアの中で膨れあがったのだろう。

暖かいBIB

こういうのは、ある程度はやむを得ない。本の情報を紹介している主体が、ビジネスとしてそれをやっているのなら、コンスタントな利益というものがどうしても必要となってくる。そのためには、最適化された、あるいは効率的な方法論が必要で、「自分は面白いと思っているけども、あんまり注目されていない本」の情報に、時間的・金銭的コストを投下するのは、いささかリスキーである。
※もちろん、リスキーであるからあとあと大きなインカムがある、ということも言えるのだが、バクチの一種には違いない。

だから、そうしたものはどうであれ存在するものとして受け入れた上で、考えを一歩前に進める必要がある。

結局の所、売りたい人の理屈から生まれる情報とは別の、本を読むのが好きな人からの情報が必要なのだ。その二つの情報が縦糸と横糸になったとき、大きなブックインフォメーション・ブランケット(BIB)ができあがる。

不思議なことに___あるいは全然不思議ではないのかもしれないが__本を読むのが好きな人からの情報は、それが一定の人気を集めるとビジネスとしてのそれに「移行」してしまう。個人の経済合理性から考えれば、当然のことなのかもしれない。しかし、それを眺めているだけでは、横糸が減り、縦糸ばかりになってしまう。これでは少々居心地が悪い。

ここには、構造的問題が潜んでいるのだが、それを解決するツール(あるいはプラットフォーム)の姿はまだ見えてこない。

でもまあ、何かしらあるだろう。あるいはそれが生まれてくることを期待したい。

さいごに

でもって、そういうものが登場してきたとき、ミリオンセラーみたいなものは過去の遺物となるだろう。

読者とコネクトしている作者が、ほそぼとと、でもそれなりに活動する未来がやってくる__といいのだが。

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