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体のリズムが刻めない人々

産経新聞の特集になかなかおもしろそうなのがあった。(記事はこちら
「溶けゆく日本」というタイトルで、そのテーマは記事から引用すると

第4部のテーマは「快適の代償」。日々向上する生活の便利さの半面で、皮肉な現象が次々に起こっている。そんな「代償」を追う。

人類の科学技術の進歩は、我々の生活に様々な豊かさを与えてくれた。しかし、豊かに、快適になれば、また別の貧しさや不快感というものが生まれてしまう。それは人間がこうして生きている以上ある程度は仕方がないことだ。

この記事は待てない人々というタイトルで、スピーディーに動き回る現代社会で待つという事がだんだんできなくなってきている人の傾向を探っている。
出したメールの返信が気になって仕方がない、飲食店で待たされるのが耐えられない、子どもが成長していくのをじっと見守れない、現れ方は様々だが、文明、技術の進歩、情報の伝達などが普及した結果もたらされた不快感といえるだろう。

人間というのは体内時計というものを持ち合わせている。24時間よりもすこし長めに設定されたその時計によって人は一日の間隔を切り替えていく。それは遺伝的に刻まれたリズムといって良いだろう。そういったリズムはそのほかの事にも深く刻まれているはずである。
体に刻まれているはずのリズムはおそらくはそれほどせかせかしたものでは無いはずだ。人類がここまで文明を進歩させたのは歴史的にかなり最近の事である。我々の遺伝子はまだそこまで対応はできていない。
しかしながら、メール返信の1分、レジの3分が待てない人々が増えてきているという。
それは単純に我慢ができなくなった、つまり脳の力が弱まったという事ではないのかも知れない。
最近はかなり寒くなってきているが、それでも有名なラーメン店には行列ができている。その行列に並ぶ人たちは1杯のラーメンのために20分や30分くらいは平気で待つ。というよりもラーメンを食べるという行為の中に待つという作業が組み込まれているといってもいいかもしれない。待つことにもそれなりの価値がある、というふうに認識しているのかもしれない。
しかし、1分が待てない人もいる。私なんかも食べ物屋で行列に参加するの気は全くない。それがどれほどおいしい物でもわざわざ並んで食べようとは思わない。しかしそれは感覚的に待てないというよりは行列というものがキライなだけだ。
なぜ待つことができないのか、ということを考えていくとやはり脳ということに行き着いてしまう。もちろん待たせないことをサービスの第一条に掲げるサービス業に消費者がならされてしまったというのが非常にわかりやすい理屈である。
しかし、あえて脳と体というところで考えてみたい。
先ほども述べたように体のリズムというのは結構穏やかなものである。一日のリズム、食事のリズム、消化のリズム、睡眠のリズム、どれをとってもそれほどせっぱ詰まった感じはなく、余裕を持って刻まれたリズムだ。
しかし、脳はどうだろう。今の現代社会で脳に送られる情報というのは非常に多い。それは少し悲しくなってしまう位に莫大な量である。何が悲しいのか。それはその大半が意味もなく役にも立たない情報だからだ。しかしそれが何か意味があるかのような包装紙に包まれて送り込まれる。普通脳は意味のない情報はかなり切り捨てて処理している。そうでないと簡単にパンクしてしまうだろう。生存に必要な情報をピックアップし、荘でない情報は切り捨てる。情報の重み付けがなされているのが脳の情報処理である。
しかし受動的に受ける情報はほぼ均一の重みしか持っていない。テレビをぼーっと見ていると、番組とCMの境界が非常に曖昧になってくる。CMを見るためにテレビをつけているわけではないはずなのに、番組と同じようにCMを見てしまう。情報処理的に言うと非常に効率の悪いことをしているわけだが、見ている本人はそれを気にすることはない。

そうやって送り込まれる情報の切り替えはかなりスピーディーだ。何せ本来は意味のない情報だから吟味されると内容が無いことが発覚してしまう。だから次々に目新しげなパッケージで内容の無いものを送りつける。
そういう情報の流出にさらされていると、だんだん間というものが感じられなくなってくる。間というのはある物とある物一定の間の空間、距離、時間の事だ。本来は何かがあって、次の何かがあるまでにこの間というのが存在する。その間に人は深い熟考に陥ったり休息を取ったりする。
この間というものがほとんど無い状態に脳は陥っているのではないだろうか。
そうであるならば、待つというほとんど何の意味も無い時間に人が耐えられなくなってしまう。イベントの次にはすぐ次のイベントが待っていないと気が済まない。そういった人々が増えてきている、というのはこういう事ではないかと思う。

別にテレビが全般的に悪いなどと言うつもりはない。インターネットにだっておそらく似たような構造は眠っていることだろう。体のリズムを見失って、脳のみで今を認識する人々、この増加を食い止めるためにはいったいどのような対策があるか、その辺はまた別の機会に。

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