7-本の紹介

【ミニ書評】全面改訂版 はじめてのGTD ストレスフリーの整理術(デビッド・アレン)

全面改訂版が出たということで、早速購入。

全面改訂版 はじめてのGTD ストレスフリーの整理術
デビッド・アレン
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整理しておくと、『はじめてのGTD ストレスフリーの整理術』の発売が2008年。ただし、原著の方は2001年発売である。つまり、10年以上も経っているわけだ。たしかに全面改訂版が発売されてもおかしくないタイミングである。

では、内容はどうだろうか。10年以上の年月を経てGTDは色あせてはいないだろうか。どうやらその心配はなさそうだ。もともとGTDは、「物事の進め方」や「情報・思考の整理法」の基本的な原則にフォーカスしている。目立つ表層ではなく、深層部にアクセスしているのだ。だからこそ、全面改訂版ではない方のバージョンも未だに売れ続けているのだろう。

もちろん本書も十分に有用な内容である。基本的な骨子は何一つ変わっていない。その意味で、前バージョンを熟読した人にとっては復習的な意味合いが強くなるだろう。それでも何かしらの発見はあるかもしれない。私の場合であれば、GTDの「原則」という部分に改めて注目した。

GTDがやっていること、あるいはGTDを通じて主体者が実行することは、なんのことはない脳が当たり前にやっていることだ。それを注意深く、丁寧に、意識的に行うのが一つの鍵である。呼吸と深呼吸の関係に近いかもしれない。

もう一つの鍵は、そうした行為を脳内だけではなく、外部の記憶装置(たとえば紙のノート、たとえばパソコン)の助けを借りて行うことだ。脳に補助装置をくっつける、というとなにやらサイバネティックスな響きがあるが、一般的に考えられる以上に記録の力を使うという話である。言い換えれば、それほど脳を信用しない、と言えるかもしれない。

そしてこの二つの鍵は、多くの発想法が、結局のところ脳内の情報(意味)操作を外部化しているに過ぎない、ということとイコールの関係にある。でないと、うまくいくはずがないのだ。どうあがいたところで、私たちは私たちの脳から抜け出せないわけだから。

この点については、内容的に追加された第14章「GTDと認知科学」が補強している。2000年以降に発売されている「意志力」や「やる気」に関する書籍では、GTDに言及しているものが多くある。そうした事例を取り込んで、GTDの有用性が主張されている。

おそらくそのことに関係があるのだろうが、2015年に発売された本書では、新しいデジタルツールや便利なクラウドツールの紹介が行われて__いない。そう、ほとんど言及されていないのだ。少し名前が出てくるのがマインドマップやアウトラインプロセッサくらいである。それを除けば、印象として著者は紙ツールを押しているように思える。

「最新のデジタルツール」の話が省かれているのは、本書がより長く読まれることを想定したものであろう。何せソフトウェアの進化や変化の速度は恐ろしく速い。2年経てば全く別のUIになっていたり、そもそもそんなツールが無くなってしまう可能性もある。ただし、5年経っても、まあコピー用紙とボールペンは平然と存在しているだろう。

ただ、それだけではない。著者はこのように述べる。

すでにデジタル派の人にとっては、もう紙でなあくてもいいのでは、と思っている人も多いだろう。(中略)ただ、実際には紙のほうが便利な場面もまだまだ多い。手書きでメモすることの利点は、いつでもどこでもできること、文字だけでなく図も自由に描けること、といったものがあるだろう。表現のために使うツールが違うと、そこから生まれる思考もまた違ってくる。

おそらくではあるが、その人の思考が(この文章のように)テキストの羅列でできあがっているのであれば、デジタルツールだけでもやっていけるだろう。

しかし、もう少し図面的・空間的・映像的な要素が混ざっているのであれば、現状のデジタルツールはやや苦しい。自分のThinkを、狭い型にはめたり一種の変換が必要だったりする。その点手書きのメモは、(完璧ではないにせよ)Thinkをそのままで出せるのだ。それはつまり、「脳が当たり前にやっていること」に近い、ということだ。そしてこの点がもっとも重要であることは先ほども述べた。

よって、ツールの選択は最終的には何でもよいわけだが、本当の意味で何でもよい(あるいはどうでもよい)わけではない。脳にフィットする感触が、そこには必要である。その点は、タスク管理あるいは発想法に関するツール選びにおいて忘れないでおきたい。


ちなみに、どれだけGTDが「脳が当たり前にやっていること」に近くても、簡単にできるわけではない。深呼吸だって意識を向けないとできないし、意識が切れたらだいたいは普通の呼吸に戻る。「習慣」にするためには、慣れるまでの期間、負荷に耐えなければいけない。

特にGTDは、準備段階で注意をかなり使う。これは脳にとってかなりの負荷だ。もちろん、準備段階で注意を使うからこそ、実行段階でのそれが減らせる。つまり、注意の前払いをしていることになる。ただし、それは慣れるまではずいぶん億劫に感じられるだろう。おそらくこの点が、GTDの敷居の高さである。さて壁を壊す巨人は現れるだろうか。

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