「タスク」の研究

GTDとタスクシュート

メルマガの「BizArts」という連載で、新しいGTD本を取り上げました。

そこで、GTDとタスクシュートの関係について少し触れたのですが、あまり込み入ったことを書くと脱線になると判断して大半は割愛しました。

本エントリーで、その脱線を広げていきましょう。

GTDの思想的背景

基本的に、GTDとタスクシュートはそんなに違いません。「ええ〜〜」という声が聞こえてきそうですが、まあ、落ち着いてください。

GTDは、「タスク管理システム」の名称です。あるいは、それを支える概念です。

GTDを実行するためには、カレンダーやプロジェクトリストなどのツールが必要となってきますが、これらはGTDのシステムを構成するパーツでしかありません。注目すべきは、それらを背後から支える思想です。どのような思想でしょうか。

「水のような心でタスクに向かうこと」
「そのためには気になることを頭の外にすべて追い出すこと」
「実行時には、しかるべきリストを参照してタスクを選ぶこと」
「リストは定期的にレビューすること」

こうした行為の裏側にあるのは、「脳の負担を減らすために、適切な外部記憶装置を使う」ということです。脳はあまり信用ならないし、そこに情報を蓄えすぎていると負荷も大きい。だから、「適切な」外部ツールにそれを保存し、うまく使いましょう。というのが、GTDです。

で、その「適切な」をどう解釈するのかで、GTDのツール実装は変わってきます。

水のような心と機械的

GTDの視点から、タスクシュートを眺めてみましょう。

TaskChute(具体的なツールの方)に並んだタスクを、上から順番に、「機械的」に処理していくとき、その心はちりぢりに乱れているでしょうか。もちろんNoです。「機械的」に処理していくというのは、脳の負荷がそうとう小さい状況のことです。軽々しくイコールで結ぶことはできなくても、それは「水のような心でタスクに向かっている」状況に近いと言えるでしょう。

もちろん、これはある種の理想であり、タスクシュートに慣れた人の話です。一つのタスクごとに「今、これを本当にやるべきなのか」と考えていては、結局心はちりぢり状態になってしまうでしょう。よって、TaskChuteというツールがあれば、それだけで脳の負荷を減らして作業を進められるとは言えません。

ツールに(心理的に)慣れること、極端な言い方をすれば、ツールに信頼を寄せることが必要になります。それはGTDを構成するツールでも同じことです。

選択は適切か

GTDでは、複数のツールを使います。

やるべきことのスタート時点がはっきりしているものはカレンダーに、そうではないものはコンテキスト別のリストに、といった具合です。その意味で、タスクシュートは直近のタスクを全て「カレンダー」に収めていると言えるかもしれません。だから、コンテキスト別のリストを廃棄できるわけです。

そのように考えれば、GTDとタスクシュートは極端に異なるものではないことが見えてきます。「適切な」外部ツールの選択が違うだけ、という風にも捉えられます。
※もちろん差異に注目すれば、ぜんぜん別のものであるとも主張できます。

では、タスクシュートとGTDでは、どんな「適切さ」のジャッジメントが違うのでしょうか。

GTDでは、「次にやるべきこと」をすべてリストアップし、他の「気になること」もきちんと処理できていれば、空いた時間に何をするべきかは、リストを目にすれば自然と明らかになると説きます。

基本的に合理的なGTDですが、唯一ツッコミどころがあるとすれば、このポイントでしょう。私なんかは「本当に、そうだろうか?」などと疑義を挟んでみたくなります。

人間の認知は歪んでいます。バイアスを持っています。完璧なリスト整備されていれば、適切なタスクを選択できると断言するのはいささか飛躍があるのかもしれません。想像ですが、まったく同じリストがあるとしても、朝の8時と夜の22時の開いた時間に選択するタスクは変わってくるでしょうし、虫歯に悩まされているときも違うはずです。

もちろん、違っていてもいい、という反論はあります。で、私もそう思っています。基本的には適切かどうかは重要ではありません。「適切だ」と信じられるかどうかが重要なのです。適切だと信じられれば、心のちりぢりは抑えられ、「水のような心」に近づいていけます。それこそが、GTDが目指す場所でしょう。

が、「外部ツールに預けるのはいいとして、毎回の空き時間に自分の行動を選択していくって本当に適切なのか?」というスタンスを持つことも可能です。で、それを進めていくとタスクシュートに近づいていきます。

さいごに

私はどちらかの方法に優劣を付けることに興味はありません。私が興味を持つのは、それぞれの方法の背景にあるものです。

どちらの方法でも、脳に対する一定の不完全感は共通しています。だからこそ、外部ツールを使うのです。ただし、タスクシュートの方が、より人間のバイアスに注意を払っているように感じます。だからこそ、「適切な」ツールの選択が変わってくるのでしょう。

どちらの方法が正解だとは言えません。相性はあります。が、それ以上に、それぞれのツールに慣れないことにはわからないことがいっぱいあります。よって、一定期間は続けてみることが必要でしょう。

そうしながら、どういうやり方をしているときに「適切だ」と感じられるか、言い換えれば集中して__よけないことを考えずに__作業に取り組めているのかを把握していくのがよいかと思います。

▼こんな一冊も:

全面改訂版 はじめてのGTD ストレスフリーの整理術
デビッド・アレン
二見書房
売り上げランキング: 2,506

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です