Twitterの1万字は、たぶんメディア的には使われないんじゃないだろうか

140字制限が特徴であるTwitterが、その制限を取っ払うのではないか、という話を耳にしました。

[L] どうして10000字なのか?Twitterの次の進化からみえるコンテンツの未来 | Lifehacking.jp

ほとんどTwitter中毒といっても過言ではない私にとっては、気になる話題です。

まず、率直な感想を言ってしまえば「一万字って、もうそれつぶやきじゃないよね」となります。この(やや長すぎるきらいがある)R-styleでさえ一記事は2000字程度。つまり、5記事分のボリュームがあります。さすがに、それを「つぶやき」と呼ぶのは無理があるでしょう。

つまり、それはこれまでとは異質な何かなのです。

慣性の力

Twitterの良さは、その気楽さにあります。タイトルを付ける必要もありませんし、「ガルパンはいいぞ」と8文字だけのツイートをしても、まったく違和感がありません。もし、ブログ記事で「ガルパンはいいぞ」とだけ書かれていたら、さすがにちょっと違和感がありますよね。Twitterなら問題ありません。

もし140字制限がなくなり、1万字までそれが拡大したら、一体どうなるでしょうか。

基本的にはどうにもなりません。別に必ず一万字書かなければいけない、というわけではないのですから。

すでにTwitterに慣れている人は、一ツイート分の呼吸を身につけていることでしょう。メディアに慣れているのです。その慣性で、ほとんどこれまで通り使われるだろう、というのが私の第一の予感です。

そもそも、すでに現状でも、投票機能を使えば140字にプラスしてテキスト情報を付与することができます。であれば、基本的には140字制限だけど、「長文ツイートボタン」を押せば1万字まで拡大できるといった仕様ならば、これまでのTwitterの良さを保持しながらも、必要に応じて長いツイートを許容することが可能となるでしょう。

みんな細々と

それはそれとして、もしタイムラインが1万字の投稿で溢れかえったらどうなるでしょうか。

「続きを見る」型のUIであれば、タイムラインが間延びすることはありません。しかし、Twitter独特のあの「さくさくと情報を取り込んでいく」感覚は間違いなく消失します。これは、Twitterの特徴を殺すことになりかねません。

が、よくよく考えてみれば一万字という文字数はかなりの量です。2000字ですらそうです。みんながそんなに一生懸命にツイートするでしょうか。その可能性は相当に低いでしょう。

その点から考えても、Twitterはこれまで通り使われるでしょう。逆に、本当に一万字のキャパを活用するツイートが増えたりなんかしたら、それはもうTwitterなるものの終焉だと思います。もちろん、その代わりに別の何かが立ち上がるのでしょうが、それは袋小路のような気もします。

手直しできない

もう一つ、長文投稿ができることで気になることがあります。

それはツイートの編集ができない、という点です。Twitterは一度つぶやいてしまうと、その内容を編集することができません。そのままの状態か、あるいは消すか、その二択です。

たった140字のツイートでも打ち間違い、書き間違いが発生してしまうのに、1万字に迫る投稿ならばどうなるでしょうか。その文章が後で編集できないのです。これは、ちょっとした悪夢ではないでしょうか。

Twitterを、メディアの場として捉えた場合、この「後から編集できない」点は致命的に大きいと感じます。これはある種予言的に言っておいてもよいでしょう。

もちろん、長文投稿に限り編集可能というアクロバティックな逃げ方がありますが、もうそうなると、TwitterはTwitterではなくなりますね。

さいごに

現状でも、タイトルが長い記事をTwitterでシェアしようとすると、「くそっ、入らないよ、これ」みたいなことがあるわけで、140字の制限がなくなるのは基本的には喜ばしいところです。

が、長文を投稿するメディアとして見た場合、「後から編集できない」という特徴は見逃せません。一度ツイートを消して、再投稿すればいいのですが、その場合「URLの同一性」が失われてしまうので、メディア的にはやっぱりよろしくありません。

よって、その部分に何かしらの手が入らないと、あまり(メディアの場としては)使われないのではないかと、そんな予感を覚えています。

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