電子書籍が当たり前になる時代の書き手の心構え

市場が変化するということは、売り手と買い手の関係性が変化するということです。その変化を促すものがなんであれ、基本的なコンセプトはここにしかありません。


以下の記事を読みました。

一年の始まりなので、2016年に電子出版関連でどんな動きがあるか予想してみる:見て歩く者

記事の最初に、Googleトレンドによる「電子書籍」のチェックがあります。2011年頃をピークにした山は、その後徐々に落ち着きを見せ、ここ最近では目立った変化はありません。しかし、2009年以降と比較すれば、高い水準にあると言えるでしょう。これは電子書籍が徐々に浸透していることの表れと言えそうです。

2015年の現代では、たとえば私たちは「本」というキーワードで検索したりはしません。その言葉を日常的に使っているからです。特別な言葉・バズワードではないからです。あるいは、Amazonや楽天で買い物することをいちいち「ネット通販する」と呼んだりはしません。Amazonで買う、楽天で買う、と言います。概念はそんな風に浸透していきます。

それと同じように「電子書籍」という言葉も、それが指し示す概念の日常化と共に、少しずつ定着するか、あるいはそもそも使われなくなっていくでしょう。私たちがいちいち「電子メール」なんて言い方をしないように、ごく普通に「本」と呼ぶようになるのかもしれません。

どちらにせよ、「電子書籍」なるものが消え去ることはないでしょう。ある日突然人類が「電子で本を作るなんて、コンテンツ文化に対する冒涜だ。こんなものは抹消しなければいけない」などと錯乱しない限りは、電子で形作られた本は、満ちる潮のように少しずつ私たちの文化に浸透してくるはずです。

当然のように、本の書き手(コンテンツの送り主)はその変化を視野に入れなければいけません。

業界の重力

さて、「見て歩く者」の記事では2016年の予想として以下の5つが挙げられています。

  • 雑誌のWeb化が進む
  • 新書・文庫がデジタルファーストに
  • サブスクリプションが急速に伸びる
  • 電子書店の吸収合併が相次ぐ
  • 投稿型プラットフォームがさらに増える

おそらくはこの通りになるでしょう。時期の差はあれ、流れとしてはこういう方向に向かうはずです。しかし、一番重要な点は次です。

問題は、取次から刷部数で入金される錬金術的な仕組みがあるから、発行点数を増やすドーピングがやめられないところでしょうか。まさに自転車操業。雑誌販売額の減で取次流通が危なくなると、取次が果たしていた金融機能がなくなるわけで、早くこのドーピング依存から抜け出さないと大変なことになると思うのですが。

詳しい解説は避けますが、「とりあえず次々本を出版しておけば、当座は何とかなる」という仕組みがあるわけです。で、その構造がコンテンツのファスト化(ファスト・コンテンツ化)を生み、クオリティ的に首をかしげたくなるような本でも次々に発売されてしまう状態を生み出しています。

もちろん、どんな本を出版するのかは出版社の自由なわけですから、そこに文句をつけるつもりはありませんが、そういう本の割合が増えてくれば、「本」を好きになる人は増えないだろうな、という予想は立ちますし、それはほとんど順当な予想のように感じます。つまり、業界全体に対する毒がじわじわと生み出されているような状況です。

が、しかし。そこから抜け出すのは簡単ではありません。自転車は漕ぐのを止めると転けるからです。

逆に言えば、現状自転車操業にはまり込んでいないところは、転換が容易です。考えられるのは、十分な利益を上げられているところですが、十分な利益を上げているのだから方向性を変えることに対する抵抗力が発生するでしょう。これはこれで難しいものがあります。

そこで出てくるのがアウトサイダー、つまり外側にいる人たちです。

『月刊群雛 (GunSu) 2014年 07月号』に寄稿した「星空とカレイドスコープ」で、新しい物事は、中心地ではなく辺境から始まるといったことを書きました。外側にいる人は、発想が斬新ですし、そもそもしがらみに縛られていません。自転車操業的な構造についても同じことが言えます。

よって、アウトサイダーがこれからの業界を揺さぶっていくのでしょう。

ただし、アウトサイダーはその時点ではまだ力を持ちませんので、中心地にいる人と協力したり、あるいは啓蒙したりといった活動がスタートとなりそうです。そのような動きが少しずつ「当たり前」になり、過去の常識が新しい常識を上書きするような現象が起こるはずです。

これからの書き手の心構え

というところまで書いておいて、さて、じゃあ書き手はどうすればいいのか、について考えていきましょう。もう一度、鷹野さんの予想を引いてみます。

  • 雑誌のWeb化が進む
  • 新書・文庫がデジタルファーストに
  • サブスクリプションが急速に伸びる
  • 電子書店の吸収合併が相次ぐ
  • 投稿型プラットフォームがさらに増える

雑誌のWeb化

書き手にとって雑誌は、原稿料を得るための場でもありますし、名前を広める場でもありますし、連載したコンテンツをまとめて書籍として販売するためのきっかけ作りの場でもあります。それがWeb化しても、基本的には同じでしょう。ただし、原稿料はいくぶん小さくなるかもしれません。逆に、知名度の広がり方はときに紙の媒体よりも大きくなる可能性があります。

難しいのは、「連載したコンテンツをまとめて書籍とする」です。十分に面白い連載であれば、紙の書籍の企画も成立するでしょうが、そうでなければ電子書籍あるいは自作の電子書籍というルートになりそうです。選択肢が増えているのは結構ですが、難しさは「どんなコンテンツを展開するのか」という点です。

個人的な感想では、Web受けに最適化されたコンテンツは、それを本にまとめるとあまり面白さがありません。特にバズりを狙ったようなネタはそうです(※)。
※例外はいつでもあります。

その点を考慮すると、始めから着地点として「本」を目指すのか、ともかくPVを稼げたらなんでもいいのか、というコンテンツの方向性は見極めておいた方がよいでしょう。

新書・文庫がデジタルファーストに

「とりあえず電子書籍で出しておいて、人気が出たら紙での展開も考える」というのは、ごく自然な流れでしょう。

出版社が電子出版の体制を整えるまでは、そういう動き方のほうがコストがかかったわけですが、一度体制を整えてしまえば、その方が経営効率は高くなりそうです。で、徐々に電子出版の体制は整いつつあるでしょう。まだ完璧ではないかもしれませんが、時間と共に確実に進んでいくはずです。

すると、多くの書き手にとって、最初の本がデジタルファーストになる場合が多くなりそうです。すると、どうなるでしょうか。

電子出版の場合、実売部数が印税計算に使われます。これまでの紙の出版では、印刷されたらその分は(売れようが売れまいが)印税が手に入る、という形だったのですが、それが変わるわけです(おそらく紙の本でも変わりつつあるでしょう)。となると、多くの書き手が手にする金額は減るでしょう。

でも、それは別に悪いことではありません。

印刷部数による印税は、出版社サイドから見ると、初版の数を抑える動機付けとして機能します。で、初版の数が小さいと流通が細り、バズる可能性を引き下げます。で、本が売れないから、再び初版の数を抑える。こういう悪循環を生んでいたことが予想されます。もちろん、経営的に見れば合理的な判断なのかもしれません。

とりあえず、電子出版ではそういうややこしい構造から離れることができます。

ただし、本が売れないと収入にはなりません。これは書き手にとって深刻な問題です。

でも、それは本来当たり前のことです。書き手は(一部であれ)ビジネスに参加しているのです。その商品が売れることにコミットを持つのは当然のことでしょう。

よって、デジタルファースト当然時代では、書き手は自分自身も積極的に販売活動に参加していく必要があります。電子書籍であれば、「田舎の本屋さんには入荷していない」なんてこともありませんし、「少し人気が出て慌てて増刷するものの、時間が経ってしまし話題が鎮火してしまう」ということもありません。つまり、ニッチな(あるいはマイナな)商品でも、大きく売れる可能性があるのです。

ただし、本が返品されてしまう可能性がなくなる代わりに、競争相手はごまんと存在します。出版社もすべての本に等しく販売活動してくれるわけではありません。自分でできることを自分でやる、という姿勢は当然のように必要となってくるでしょう。

サブスクリプションが急速に伸びる

個人的に「サブスクリプション」型の読書サービスは使わないと思いますが、増えてくることは間違いないでしょう。もちろん、一番インパクトが大きいのが「Kindle Unlimited」です。

何をどう考えても、「Kindle Unlimited」で自分の本が読まれて手にできる収益は小さいものです。雀の涙です。

しかし、「Kindle Unlimited」が始まったからといって、本を買う人がゼロになるわけではありません。この点は忘れてはいけないでしょう。普通に本を売るための活動は続けていくべきです。

また、自分で音楽や映画などのサブスクリプションサービスを使っていて思うことは、ストックの力です。言い方を変えれば、過去のコンテンツの力強さです。新規でお金を払わなくて良いという、ただそれだけの理由で昔の映像コンテンツとかを見たりします。DVDレンタルではまず見ないようなものでも、「ちょっと面白そうだから」とか「懐かしいから」という理由で視聴するのです。

サブスクリプションサービスは、フロー思考ではなくストック思考で立ち向かうべきでしょう。

ある時期すごく話題になるけど、一年後にはそんなものがあったことすら忘れられているものではなく、時間が経っても読まれる、あるいは誰かが話題に挙げてくれる、そのようなコンテンツの方がサブスクリプションサービスでは力を持ちそうです。

でもって、そういうコンテンツは売り切り型の「本」でも力強いことは間違いありません。特に、返品がない(=販売プラットフォームに並び続ける)電子出版ならなおさらでしょう。

電子書店の吸収合併が相次ぐ

書き手として、これに何かできることはありません。

せいぜい、「自分でサイトを持ち、そこでもepubファイル版を販売しておく」ぐらいでしょう。私はまだできていませんが。

投稿型プラットフォームがさらに増える

書き手にとって、投稿型プラットフォームが増えることは二つの意味を持ちます。一つは、チャンスが増えること。もう一つは、ライバルが増えること。

たとえば私みたいなノウハウ本書きが、ライトノベルに挑戦したりできるようになります。でも、ライトノベル書きの人にとってみれば、ぜんぜん違うところからライバルが出現してしまうという話でもあります。

でもまあ、あまり気にしなくてもいいでしょう。これはもともとのことです。小説は小説家だけが書くものではありません。小説を書いた人が小説家になるのです。資格試験などない「文章執筆」というジャンルは、もともとバトルロイヤル的ではあります。

でも、それは本当のところ作家同士の争いではないのです。「どれだけの読者を獲得できるか」。これだけが唯一気にすべきポイントです。村上春樹が好きになったからと言って、村上龍が嫌いになることはありません。ゼロサムゲームではないのです。むしろ、(他のメディアではなく)本を読むのが好きになる人を増やすゲームでの同盟プレイヤーとすら言えるかもしれません。

よって、投稿型プラットフォームが増えることは、どんどん面白さが増えていくことになります。その動きは歓迎したいものです。

さいごに

まとめてみましょう。

電子書籍が当たり前になる時代の書き手、特に紙の本の出版経験がなく、おそらくこれからもないであろう書き手の心構えは、以下のポイントになりそうです。

  • Webにどんどん文章を上げていく
  • 販売活動を自分で積極的に行う
  • ストック思考でコンテンツを作る
  • マイナでも確実な読者を獲得する
  • 本好きが少しでも増えることを願う

Webの世界では、ストックが力を持ちます。よって、コンテンツをストックしていくアプローチが有効でしょう。

しかし、それだけでは厳しいものがあります。なぜなら、すでにWebの世界には山のようなストックがあるからです。よって、自分のストックに目を向けてもらう活動も必要になってきます。そこでは、「作家」あるいは「中の人」が提供する体験、というのが一つの鍵になってくるでしょうが、それはマーケティングやプロモーションのつっこんだ話になるのでここでは割愛しておきましょう。

というわけで、いろいろ考えてみました。

これからの時代が、書き手にとって厳しい環境なのかどうかは、つい最近(せいぜい5年前)物書きになった私には判断がつきません。まあ、どんな商売でも楽なものはないわけですから、現状および未来の環境を見据えて動いていくだけですね。

では、Good Writing!

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