物書き生活と道具箱

文章の長さと一呼吸

一呼吸で書ける文章、というものがあります。

私の場合、2000字程度の文章がそうです。他の人にはまた違ったボリュームがあるでしょう。

息を吸って、息を吐く。また息を吸って、息を吐く。人間はそのイテレーションを絶え間なく繰り返していくわけですが、その最小単位が「一呼吸」です。

一呼吸で書ける文章は、なんというかコントロールが効きます。制御できます。とはいえ、それは文章の隅々までを自分の手で操っているということではなく、全体の調子を整えられる、統一感を持たせられるというぐらいの意味でしかありません。

どうしたって文章は完全に制御しえないものです。というか、自分(という意識)で制御しきった文章は、どことなくつまらないかもしれません。

この文章制御は一種のスキルなので、ある程度応用は効くわけですが、2000字の文章を制御できるからといって、じゃあ4000字も簡単にできるのか、1万字ならどうかというと、それはまた話が変わってきます。労力が倍になるといったことではなく、また別の系統のスキルが必要になってくるのです。

白黒expression

マス目を思い浮かべてください。1つのマスです。そのマスは白か黒に塗りつぶすことができます。つまり、2つの表現が可能ということですね。ビット。

マスの数を増やしてみましょう。横に同じマスをもう一つ並べます。白白、白黒、黒白、黒黒の4パターンが生まれました。数は増えましたが、まあなんとかなります。

マスの数をさらに増やして4つにしてみましょう。わかりやすいように2×2に設置します。すると、……網羅するのが面倒なほど表現のパターンが生まれますね。マス目を16×16にまで増やせば、頭の中だけで処理するのは__よほど訓練を積んでいない限りは__不可能でしょう。

でも、そこまでマス目があれば、たとえば花の絵を描いたり、アンパンマンの絵を描いたりできるかもしれません。たった一つのマス目ではできなかったことです。

サイズ差異

文章を書く上で、全体のボリュームをイメージすることはとても大切です。

つぶやきならつぶやきで、1000字の記事なら1000字の記事で、2000字の記事なら2000字の記事で、1万字の電子書籍なら1万字の電子書籍で、10万字の紙の書籍なら10万字の紙の書籍で、言えることは違ってきます。そして、それを表現するためのスキルもまた違うのです。

[L] 文章修行のために意識する文字数と、頻度と、操る感情のバランス | Lifehacking.jp

文字のスケールには、それにあわせたテーマの選び取りもあります。語られるストーリーテリングの定石も違います。どれだけ説明に文字数をかけてもいいかから、感情の揺さぶりをどのくらいの時間にわたって醸成してゆくのかも違います。

自分の体験を振り返ってみると、たとえば2万字の本の原稿を書くのと、10万字の本の原稿を書くを比べると、後者の方が「5倍しんどい」ということにはなりません。単純な比例関係は成立しないのです。先ほども書きましたが、そこには別のスキルが必要となってきますし、そのスキルの違いを無理矢理数字で表現すれば「25倍はしんどい」くらいにはなるかもしれません。

たとえば、ががーっと勢いある文体で1000字を読ませてしまう文章でも、それが10万字続いたらどうでしょうか。やはりそこでは別種のものが必要とされます。また、1000字の文章なら使える天丼(同じネタを何度も繰り返すこと)はせいぜい2回程度でしょうが、10万字あればさまざまなアレンジで天丼を響かせることができます。やはり、ここでも別の技量や気の配り方が必要となります。同じ呼吸ではありません。

文章は書けば書くほど熟達していきます。でも、それはその呼吸の文章です。それとは違ったボリュームの文章では、また別の呼吸が必要です。

でもって、それを習得するためには、(ほんとうに、ほんとうに悲しい結論なのですが)一度でも実際にそれを書いてみるしかありません。書き上げてみるしかありません。

どれほどあるボリュームに慣れたとしても、別のボリュームを手がけるときは、常に挑戦者であらなければならないのです。

さいごに

それでも、不思議なことに__あるいは全然不思議ではないことですが__、どれほど大きなボリュームの文章であっても、それは「一行」から構成されています。ある一行があり、それに続く一行がある。書き手は、淡々と(あるいは意気揚々と)((あるいは憂鬱と))「一行」を増やし続けていくことで、万里の長城を組み上げます。

日曜大工で家の周りに壁を作るのと、万里の長城を作るのとでは、やはり違いがあります。後者は強度設計やら全体のバランスやら進捗管理やらと、いろいろややこしい話が増えることでしょう。

でも、それを実際に作っていくときは、どちらの壁であっても、石を一つずつ積み上げていくしかありません。

管理者の視点、実行者の視点。そういう違いがあるわけですね。そして、どちらの視点においても習熟と技術が存在しています。

というわけで、積んでいきましょう。いろいろと。

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