4-僕らの生存戦略

価値のギャップと開く窓

ドラッカーは、『イノベーションと企業家精神』の中で、7つのイノベーションの機会を提示した。そして、その二つ目として提示されているのが「ギャップを探す」である。

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そのギャップにもさまざまある。

「業績ギャップ」
「認識ギャップ」
「価値感ギャップ」
「プロセス・ギャップ」

中でも、ドラッカーが最も多く見られるものとして挙げているのが「価値感ギャップ」である。何に価値を感じているのかがずれている状態。それが価値感ギャップである。

 価値感ギャップの背後には、必ず傲慢と硬直、それに独断がある。つまるところ、「貧しい人たちが何を買えるかを知っているのは、彼ら貧しい人たちではなく私である」という考え方である。

実にわかりやすい表現だ。

ドラッカーに言わせれば、「生産者や販売者は、ほとんど常にといってよいほど、顧客が本当に買っているものが何であるかを誤解している」らしい。おそらくそうした人たちは、「価値とは見出されるものである」という事実を知らなかったのであろう。価値を一つの側面(しかも自分の方からだけの側面)で考えてしまうと、このような認識が生じる。


「価値とは見出されるものである」

しかし、それは丸投げの何かではない。

 もちろん彼らは、自分たちにとっての価値が顧客にとっての価値であるという信念をもたなければならない。化粧品の生産者は化粧品の意義を信じなければいけない。さもなければ製品そのものが陳腐化し、顧客を失っていく。病院を経営する者は医療を絶対的な善として信じなければならない。さもなければ医療も看護も直ちに質が低下していく。

価値が見出されるものであるとしても、提供側が価値に無頓着であって良いはずがない。自分たちが信じる価値があり、その価値に向けて邁進するからこそ、質が保たれ、方向性が生まれるのだ。それがなければ、どこにもたどり着きようがない。

私はこのブログの一つひとつの記事を、自分では面白いと思って書いている。もちろん、読む人によって面白いと思う人もいれば、面白くないと思う人もいるだろう。面白いと思う人でも、私が考えている面白さとは違った受け止め方をしている人もいるに違いない。価値とは見出されるものだ。そこはコントロールできない。

しかし、一番最初のスタートとして、自分が面白いと思うものを投下する(あるいは面白いと思わないものは投下しない)という基準は必要である。というか、それだけが唯一私がコントロール下におけることなのだ。

手にボールを持っている状態を思い浮かべて欲しい。それを、何も考えず適当に宙に放り投げる。風がボールを運び、どこか意図しない地点に落ちるだろう。それをキャッチする人もいるかもしれない。

あるいは、どこかの方向にめがけてまっすぐボールを投げてもいい。自分の全力でその方向にボールを投げる。その先に誰がいるのかはわからない。あるいは誰もいないのかもしれない。でも、そこに誰かがいると想像して自分の最速のボールを投げることはできる。もし、それがキャッチしてもらえたとしたら。

この二つは同じだろうか。私は違うように思える。少なくとも、自分の感触としては。


しかし、それは独善や傲慢であってはいけない。

 しかしそれにもかかわらず、生産者や販売者が提供していると思っているものを買っている顧客はほとんどいない。彼らにとっての価値や期待は、供給者の考えているものとは異なるのが常である。
 そのようなとき、生産者が示す典型的な反応が「消費者は不合理であって品質に対しお金を払おうとしない」である。しかしそのようなときこそ、生産者が顧客の価値としているものと、顧客が本当に価値としているものとの間にギャップが存在すると考えるべきである。

ボールをキャッチしてもらえたとしても、その速度が良かったのか、方向が良かったのか、投げ方が良かったのか、ボールの固さが良かったのか、それはわからないのだ。投げている方としては、格好良い投げ方をしたからと思っていても、実際はボールの固さが良かったのかもしれない。そしても、もっと固いボールが求められているのかもしれない。

ドラッカーが言う「ギャップを探す」とは、そのようなことである。既存の企業が、自社が提供している「価値」や、顧客が求めている「価値」に気がついていないとき、そのギャップを埋めるように行動すれば、顧客を創造できる。


どんな価値が見出されるのかは、コントロールできない。

でも、最初に自分で価値を認めることは必要だ。それこそがスタートであり、継続的な活動をも支えてくれる。

自分のジャッジメントを丸投げし、他者評価だけに依存すると、最終的には何も作れなくなる。なぜならば、価値は多様に見出されるからだ。真逆の価値が見出されることだってある。そんな流動的なものは、ジャッジメントの役には立たない。混乱するだけである。

まず自分の価値を作り、それを開いておく。新しい価値の風が吹いたとき、部屋の中にそれを入れられるように。

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