7-本の紹介

【書評】なぜ意志の力はあてにならないのか(ダニエル・アクスト)

もちろん人は幻想の中に生きている。自己コントロールという名の幻想だ。

なぜ意志の力はあてにならないのか―自己コントロールの文化史
ダニエル・アクスト
エヌティティ出版
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副題の「自己コントロールの文化史」から分かるとおり、本書はノウハウ本ではない。そして、かなり分厚い。360ページ以上もあるので、本書を読み通すにも一定の「自己コントロール」が求められるだろう。その見返りとして、「自己コントロール」についての知見が大いに得られるはずだ。

内容が体系的に整理されているわけではないが、その分著者の視野はずいぶんと広い。目次を引いてみよう。

  • 1.過剰の民主主義
  • 2.病的な過剰
  • 3.自分を叱咤して
  • 4.便利な発明のコスト
  • 5.繁栄の代価
  • 6.自己コントロールと社会の変化
  • 7.古代ギリシャの人々はどう考えていたか
  • 8.マシュマロ・テスト
  • 9.熾烈な内輪もめ
  • 10.心と身体という問題
  • 11.自己コントロール、自由意志、その他の矛盾
  • 12.オデュッセウスと伝書バト
  • 13.激情による犯罪
  • 14.依存、衝動、選択
  • 15.明日があるか
  • 16.自由気ままに
  • 17.政府と自律
  • 18.自分のゴッドファーザーになる
  • 19.現在を楽しめ

古代から、私たちは「内なる欲望」という獣と戦ってきた。おそらくそうすることが、人間が人間であるために必要だったのであろう。

そして現代でも、私たちには自己コントロールが求められている。その点は変わらない。しかし、状況は酷く悪化している。

著者は二つの視点でそれを指摘する。

一つは、過剰な誘惑だ。いろいろなものが私たちに消費を訴えかけてくる。金銭の消費もあれば、注意力の消費もある。どちらにせよ、現代ではありふれすぎていて、もはやその状態そのものに注意が向かなくなっている。

インターネットの普及によるメディアの常時化と、広告の最適化がそれに拍車をかけたことは言うまでもない。優れたキャッチコピ−というのは、相手から自己コントロールを奪うものであり、そのような「尖った」情報が四六時中私たちの目に入ってくる。古代ギリシャの時代に比べれば、一日を平穏に過ごす上で必要な自己コントロール力は確実に増大しているだろう。

もう一つの視点は、抑制の過剰な退行である。今では社会的制約はほとんど機能してない。そればかりか、高らかに悪だと宣言されているものもある。宗教的規律、コミュニティのルールやモラル、伝統といった考え方。そうしたものは、埃まみれの柱時計のように押し入れにしまわれようとしている。

社会を巨大な装置として、言い換えれば個人を縛る制約として捉え、そこからの解放として個人の権利を尊重する。立派でモダンな考え方だ。それを社会の進歩や、文明の勝利だと呼ぶならばたしかにそうだろう。しかし、個人が解放された代わりに、何かを支えていた柱も同時に消え去ってしまった。衝動という危ういものを制御するブレーキは、そうした装置が担っていたのだが、今ではそれが個人の責任のもとに放り出されている。

はたして一人の人間に、自分を完全にコントロールしうる力があるのだろうか。

それにイエスと答えるのが、自己コントロールの幻想である。そう答えている間は、実に気分がいい。しかし、目にする結果は悲惨なものだ。「手に入る情報をきちんと分析し、自らの利益にとって合理的な行動をとる」はずの経済的プレイヤーが、ものの見事に失敗し、市場が機能不全を起こすのはほんの一例でしかない。卑近な例ではダイエットの失敗が、深刻な例では民主主義の暴走がある。

ちなみに本書では、自己コントロールの限界__メリットが分かっていても動けない、あるいはメリットを勘違いしてしまう__という点が語られているが、ポール・オームロッド の『経済は「予想外のつながり」で動く』では、そうしたインセンティブモデル(メリットとデメリットを計算して合理的な行動を取る)に加えて、ネットワークモデル(人は周りの人の行動の影響を受ける)も加味されている。これも「自分を完全にコントロールしうる力があるのか」について考える上では有用だろう。

脱線した話を巻き戻すが、人が自分を完全にコントロールできるならば、何の制約もないことが一番良い環境になるだろう。しかし、そうではないとしたら、話は一気にややこしいことになる。同時に「自己責任」という概念の扱い方も難しくなる。

人は自分の行動をコントロールできるのか(意識は傍観者なのか?)。できるとして、それはどの程度コントロールできるのか。それは遺伝で決まるのか。それとも能力開発で後天的に獲得できるのか。

本書は、そうしたさまざまな視点から「自己コントロール」について考察している。ノウハウ本ではないと書いたが、ノウハウもあちらこちらで出てくる。読み物としても面白い。分量は多いが、文章は軽妙なので読みやすくはあるだろう。

最後になるが、一つだけアドバイスを。

意志の力の問題を、意志の力だけで解決しようとしてはいけない。

当たり前ではあるが、幻想の中にいるとなかなか気がつきにくいことではある。

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経済は「予想外のつながり」で動く
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