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そりゃもちろん、コンテンツは有料のほうが面白いわけです。

以下の記事を読みました。

[L] 「コンテンツは有料のほうが面白い」に反駁する | Lifehacking.jp

ここ最近、ウェブのどこからか知りませんが「コンテンツは有料のほうが面白い」という奇妙に面白い言葉が漂流してきて、もう何度目になるかわからない思考をめぐらせていました。

結論から先に言うと、それは常に読者が決めることなのではないかと思うのです。面白さは、読者の目の中にこそあるのです。

面白いかどうかを決めるのは、読者。その通りですね。

だからこそ、コンテンツは有料の方が「面白い」わけです。

心の価値判断

ウィリアム・パウンドストーンの『プライスレス』では、人間の心理と価格に関する知見がさまざまに紹介されているのですが、その第一部のタイトルが「ふっかけた方が得」というなかなか物騒なものです。

プライスレス 必ず得する行動経済学の法則
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人間の金銭的な価値の判断は、重さや明るさや音量といった感覚の判断とよく似ていて、

十九世紀の心理(精神)物理学者たちは、人は違いには特に敏感だが、絶対的な値にはそれほど敏感ではない

とあります。

よくある話として、たとえばワインなんかの売上げでは、一緒に並べる商品がそれよりも高いものか、安いものかで売れ方が変わってくるようです。つまり、相対的にしか価格の正当性を判断できない、ということですね。中身に対して合理的に価値判断し、価格評価を下しているわけではないのです。

だからこそ、価格はシグナルとなります。簡単に言えば、高いものの方が良さそうと感じやすいのです。

実際、ワインのラベルを隠して偽りの値段を告げた実験(片方は500円、もう片方は1万円と告げる。中身は同じ)では、高い値段を告げられた被験者の方が「おいしい」と感じたそうです。それは単なる錯覚ではなく、「おいしい」と感じる脳の領域がより活性化したとも聞きます。

あるいは、認知的不協和の解消からこれを説明できるかもしれません。最終的に手にしたものが同じでも、その途中経過で苦痛を味わったものの方に人はより大きい価値を認めるそうです。「こんなに苦労したのだから、これは良いものに違いない」と脳が思い込んで、(自分なりの)道理を見つけるのでしょう。

高額のセミナーに参加した人の感想なんかをみていると、「お金を払うこと」においても同じことが起こっていそうな気がします。

  • 人は価値の絶対的な評価が苦手である
  • 価格はシグナルになる
  • (高い)値段を付けると、価値があると思ってもらえる可能性が高まる

面白いかどうかを決めるのが、読み手であるからこそ、こういうことが起こりえます。

有料というフィルター

ということは、あれですか。無料で公開しているブログ記事を、有料にして200円で販売したら「面白く」なるんですか? 

まるで魔法のようです。

そして、それはある側面において正しいのです。

アプリを開発している人に聞いた話ですが、無料で公開していたときは(小声で:ろくでもない)レビューがわんさか付いていたのに、有料にするとそういう声が一気に減ったらしいのです。状況は苦もなく想像できますね。

有料のコンテンツを買う人は、もともとそのコンテンツクリエーターに興味・関心がある人の割合が高いものです。また、冷やかしや野次馬などは、わざわざお金を払わないので、「文句を付けるために読みにきた」という人は減ります。

となると、「面白くない」という声は相対的に減るでしょう。つまり、相対的に見て「面白い」という声が強まります。星1が100個と星5が5つ付いているAmazonレビューと、星5が5しか付いていないAmazonレビューを思い描いてください。そういう状況です。

つまり、有料にして販売することで、相対的に「面白く」できるのです。

ここからが本題

そういえばコンテンツの中身についてはまったく触れてきませんでした。でもって、これが一番重要なことです。それに比べたら上記の話なんて、DVDに付いている3分ほどのおまけ特典映像ぐらいの価値しかありません。

記事を書くにはコストがかかります。で、そのコストをいかに捻出するかがポイントです。

炎上系・バズ系で記事を拡散し、PVを踏み上げることで収益を得ようとする場合、読み物としては非常につまらないものにしなければいけません。「結果としてつまらないものになってしまう」ではないのです。それはつまらないものでないといけないのです。

たとえば、論理が破綻している。たとえば、感情的でしかない。たとえば、明らかな事実誤認がある。たとえば、隠れた意図が見え見え。といった「ツッコミ」どころがあれば、コメントが付けやすく、ソーシャルに拡散しやすい傾向があります。

また、「生きることにとって美とは何か?」みたいな深刻な(あるいは哲学的な)テーマは、簡単にコメントしづらいものです。拡散に必要なのは、ちょっとした(あるいは気楽な)話題なのです。深い議論、緻密な考察などお呼びではありません。お手軽な記事だからこそ、風に乗って広がっていくのです。

あるいは、炎上系・バズ系でなくても、「これはアフィリエイトを踏ませる記事だな」と感じさせる傾向の記事もあります。もちろん、それも読み物としては面白さに欠けます。なぜかというとワンパターンだからです。

しかし、記事を有料で販売すれば、どうでしょうか。

読み物として面白いコンテンツを提供し、そのためのコストを捻出することができます。

実にすばらしいではありませんか。

しかし、これは逆にはたどれません。有料だからといって、読み物として面白いとは言えないわけです。そりゃそうですよね。有料コンテンツの代表格である本だって、紙束ぐらいの価値しかないものもあるわけです。

つまり「有料であれば、より面白いコンテンツを出せる」可能性はあります。それだけです。

ブロガーからの贈り物

いやいや、でも無料のブログだって面白いのありますよ。

そうですよね。私もそういうブログを楽しんで読んでいます。

でも、そういう無料のブログだって「記事を書くにはコストがかかる」という点は同じなのです。ただ、それがある種のボランティアで行われているにすぎません。時給換算で3000円を稼ぎ出す人が1時間で書いたブログ記事は、その人が3000円を手にする代わりに生まれたものです。

別の言い方をすれば、その人は自分の時給分の投資を、あるいは贈り物をしています。

そして『贈与論』という本を読めば、その贈り物が何を生み出すのかを想像できることでしょう。

贈与論 (ちくま学芸文庫)
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まとめてみると、きちんとコスト(たいていのブログでは時間)をかけて作られた記事は、平均的にみてクオリティが高く、面白いと思える可能性も高いと言えます。それを無料で公開するのか、有料で公開するのかは、もちろん書き手の判断次第です。

私は有料で毎週メルマガを運営しつつ、それと同じくらいの分量のブログ記事を書いています。もちろん、どちらもそれなりにコストをかけています。

えっ、面白いのか?

それは読んだ人が判断してください。

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