0-知的生産の技術

急がば回れと真面目の罠

『眠っているとき、脳では凄いことが起きている』に、興味深い実験結果が紹介されていた。強いて言えば、「真面目の罠」と呼べる現象だ。

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実験はこうである。まず被験者は数学の式を解く。ただし一回解けば終わり、というものではない。

この研究の被験者は、ネスト(入れ子状に)した一連の式を繰り返して解いて最終的な解答を得るという、同じルールを何度も反復して適用しなければならない数学の問題を解くよう指示された。

少しわかりにくいかもしれない。論文のPDF(参照)から画像を拝借してみよう。

screenshot

被験者はまず、最初の「1」と「1」という数字を使い式を解く。そうすると「1」という答えが得られる。そうして得られた「1」と次の「4」という数字を使って再びその式を解く。すると「9」が出てくる。今度はその「9」と次の「4」を使い、「1」を得る。被験者はこれを最後まで繰り返したわけだ。

さて、この実験のポイントは、式と数字に細工があり、どの問題であっても、二回目の反復の答えが、最終的な答えと一致するようになっていたことにある。上の例で言えば、「1」と「4」で「9」を得ているが、最後まで解いたときの答えも「9」になっている。どの問題においても、同じ規則性があるように調整されているが、もちろん被験者にはそのことは教えられていない。

この実験は、睡眠が繰り返しの経験からどのように学ぶのかを調べるためのものなので、上のような問題を何問も解いた被験者は一度眠りに就き、再び問題にチャレンジすることなる。

さて、どうなったか。

グループの約半数は、反復する式を素早く解けるようになったらしい。習熟が一歩進んだ、ということだろう。キーボードのブラインドタッチでも、練習した次の日なんかには少し上手くなっていたりする。それと同じように、式を解くのに慣れたわけだ。

では残り半数の人たちはどうだろうか。残念ながら、その人たちは習熟が進まなかったようである。つまり、式を速く解けるようにはならなかった。ただし、代わりに得たものはあるようだ。

それは何か。

もちろん、規則性の発見である。

一度規則性さえ発見してしまえば、式を解く速度の向上などほとんど意味をなさない。なにせ二つ目まで解けば、もうそれで答えが手に入るのだ。いくら式を解くのが速くなっても、最初から最後まで解いていたのではどうしても時間はかかってしまう。二つ目で答えを出せるようになることは、大幅な時間短縮__それこそイノベーションと呼べるくらいの時間短縮__につながるわけだ。

著者は次のようにまとめている。

この実験でとくに興味深い点として、被験者が課題の解決に上達しただけでなく、ふたつの異なる方法で上達したことがあげられる。反復する問題をより速く解く方法と、課題についてわかった情報をすべて統合し、近道があることに気づく方法があった。ゆっくり解いているグループだけが近道を見つける傾向にあったから、これら二つの過程は互いに相容れないもののように見える。

「急がば回れ」とはよく言ったものである。そして「ゆっくり解いているグループだけが近道を見つける傾向にあった」ことは、いろいろ考えさせられる。また、「二つの過程は互いに相容れない」という推測も重い。

つまりは、意識(無意識)のフォーカスがポイントなのだろう。

「少しでもこの式を速く解こう」とフォーカスしていれば、当然式が速く解けるようにはなる。でも、その代わり、別のルートを発見する目はぼやけてしまう。ピントが「式を速く解くこと」に当たっているからだ。それは短期的な視点における「改善」というやつで、もちろん悪くはない。日々成果は出てくる。でも、どこかに限界みたいなものも感じる。

「式を速く解くこと」にフォーカスしなければ、いろいろなものが目に入ってくる可能性が生まれる。その可能性の一つに規則性の発見もあるが、たぶんそれ以外の雑多な妄想・空想も含まれているだろう。しかし、それを許容するが故に、大幅な時間短縮が可能にもなったりする。

そして、この二つのフォーカスの当てかたは基本的には相容れない。たぶんそれは癖や習慣といったものだろう。日常的に対象にどうアプローチするのかは、切り替え可能・入れ替え可能ではあるが、習慣性を強く持つ。惰性に引きずられる。自由自在に切り替えるのは、おそらく難しい。

この話のポイントは、「規則性を知れば、一足飛びに答えが得られるようになる」ということではない。そうではなく、機能する規則性を見つけるためには「課題についてわかった情報をすべて統合」する必要がある、という点である。

そのためには、対象に近づきすぎない方がいい。でなければ、全体を見失ってしまう。

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