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[告知]『インディーズ作家の生きる道』が発売となりました

まつもとあつし・倉下忠憲『インディーズ作家の生きる道』〈群雛文庫〉:群雛ポータル

既存の商業流通を離れたところにどんな道があるのか、なぜその道を選ぶのか。ともに「書く」ことを仕事としながら、いまは「やらない」道を選んだまつもとあつし氏と、「やる」道を選んだ倉下忠憲氏。進む方角は違えど、それぞれの信じた道だ。二人の語る言葉は、きっと道しるべとなる!

まつもとあつしさんが『月刊群雛』2014年05月号に寄稿した 『僕がセルフパブリッシングできてない理由』と、私が2014年07月号に寄稿した『星空とカレイドスコープ ~セルフパブリッシング作家の多様な存在可能性~』が、シンメトリカルドッキングして群雛文庫となりました。

現状はBCCKSのみですが、2〜3日以内には他のプラットフォームでも発売されるかと思います。

テーマは「セルフパブリッシング」なのですが、著者二人のスタンスがまるで逆なのが面白いですね。たぶん、その視点のズレみたいなものから見えてくることは多いでしょう。


まつもとさんが指摘されているように、現状の日本のセルフパブリッシングでは流通と品質担保がネックです。前者は市場規模の小ささが、後者は編集者の不在が問題となります。よって著者として見た場合、このメディア手段に魅力が欠けるのは頷けます。

実際、現役のライターや作家さんで、積極的にセルフパブリッシングに取り組む人が(割合として)そんなに多くないことが、その環境を雄弁に語っているでしょう。

ただ、少し引いてみれば、セルフパブリッシングは「ライターが、その手段だけで食べていくためのもの」とは限りません。その視点に立てば、セルフパブリッシングは「本」という文化の豊かさ・多様性を担保してくれるものにはなるでしょう。たったそれだけのことだって、ずいぶんたいしたものではありませんか。

でも、それだけはありません。

今後市場規模が拡大していけば、販売数が増えますし、そこに人も集まるようになるでしょう。コストがかけられるようになれば、編集者やマーケターが入り込む余地も出てきます。そうなれば、現状のさまざまな問題は(時間はかかるでしょうが)解決していくでしょう。

すでに現状でも、KDPの本がランキング上位に付けたり、あるいはAmazonのセールに選ばれることは珍しくなくなっています。また、Kindle以外のプラットフォームで活躍されている作家さんもいらっしゃるでしょう。現状の市場規模ですら、売上げがはねれば数千冊は十分視野に入ります。

こんな数は、ミリオンセラーに比べればちっぽけなものでしかありません。しかし、日本で流通している本の大半は数千からせいぜい数万部という単位で動いているのではないでしょうか。

それに電子書籍というメディアは、まだまだ浸透していません。逆に言えば発展の余地がある、ということです。それが数十倍になることはさすがに想像できなくても、今よりは規模が拡大することは期待できます。そういう中で、「まあ、セルフパブリッシングもありっちゃありだな」と思うライターさんが増えてくる可能性はありそうです。

編集者不在に関しても、たとえば『悪魔とドライヴ』のように著者らが刊行準備委員会を作るようなパターンも生まれています。
悪魔とドライヴ | 公式サイトより

自分で他の著者に声をかけたり、あるいは読者さんに呼びかけたりと、いろいろなパターンがありうるでしょう。それこそ想像力の数だけ本のクオリティを上げる手段はあります。そして、そうしたプロセスを考えることも含めて「セルフパブリッシング」なのです。


もちろん、セルフパブリッシングをすればバラ色の未来が待っている、みたいな話はありえません。だいたい紙の本だって売るのは大変なのです。どの時代であっても、自分が書いた本(自分がクリエートしたもの)を知ってもらったり、買ってもらったりするのは簡単ではありません。コストが安くなり、ツールが入手しやすくなっても、それは同じです。

だから脳天気すぎる話はまるっと切り捨てるにしても、ここにはたしかに面白いものがあります。「本」という言葉の定義を拡張するような何かがあります。それは既存の価値を否定するものではなく、新しい価値を加えるものとなっていくでしょう。

みたいなことを、過去の自分が書いた原稿を読み返しながら考えていました。

セルフパブリッシングは「しなければならない」という類のものではありませんが、それでも選択肢として持っておくのは悪いことではないはずです。

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