7-本の紹介

【書評】これからのエリック・ホッファーのために(荒木優太)

タイトルで一気に頭を打ち抜かれた。エリック・ホッファーの本を読んだのは比較的最近だが、彼の生き方、いや在り方に少なからずの共感を感じていたのだ。

これからのエリック・ホッファーのために: 在野研究者の生と心得
荒木 優太
東京書籍
売り上げランキング: 7,800

京都の片田舎で執筆活動を続ける私は、端からどう見えようとも実態はアウトサイダーである。独学で学び、一人でメディアを運営し(このブログのことですよ)、地道に仕事を続けている。華々しさはどこにもない。でも、小さな石ぐらいの手応えと納得感はある。それで十分ではないか。

かといって思うところがまったくないわけではない。「これは私のスタイルだ。では、他の人はどうなんだろうか」。そんな思いが遠くの空に見える黒い雲のように私の心に忍び込んでくる。「結局、倉下さんだからできたんですよね」___拒絶にも似たそんなあきらめの声が頭に響く。

「いや、ちがうんですよ。そうじゃないんですよ」と私は声を大にしていいたい。だいたい自分なんてたいした人間ではないのだ。でも、所詮は相対化を経ない私だけの体験だ。それをあたかも絶対の成功則のように語るわけにはいかない。だから、私は言葉少なく、自信なさげに、保留たっぷりに語るしかない。

でも、本書は黒い雲をすーっと吹き飛ばしてくれた。読了後に心地よい風が吹き込んでくる。そんな本である。

概要

副題は「在野研究者の正と心得」。16人の在野研究者たちの生き方・学び方を紹介しながら、著者が「在野研究の心得」を抽出していく、という建て付けになっている。章立ては以下の通り。

第一章 働きながら学問する
第二章 寄生しながら学問する
第三章 女性と研究
第四章 自前メディアを立ち上げる
第五章 政治と学問と
第六章 教育を拡げる
第七章 何処であっても、何があっても

全体を通して論の運びは手堅いが、文体はときどきくだけている。「在野研究の心得」を抽出するなどわかりやすい工夫もあり、本書が若い人向けに書かれていることが伺える。

ちなみに「在野研究の心得」は、≪その一 在野仲間を探そう。≫から≪その四十 この世界には、いくつもの〈あがき〉方があるじゃないか。≫まで、全部で40が抽出されている。それらおよびより詳細な目次については以下のページで確認できるので気になる方はご覧頂きたい。

在野研究のススメvol.20.1 : 『これからのエリック・ホッファーのために』目次紹介 – En-Soph

在野研究者の紹介の流れ

「第一章 働きながら学問する」では、まさにエリック・ホッファーを彷彿とさせるような、〈働きながら学問する〉を実践してきた研究者が紹介される。在野研究者の鏡のような人たちである。しかし、章を移ると急に景色が変わる。

「第二章 寄生しながら学問する」では、なんというか屑としか言いようのない研究者も登場する。「働きたくないでゴザル」と言いながら、それでも研究を続けた意欲はたしかにすごいが、それを経済的に支援した配偶者はどのような気持ちだったのだろうか。

と、そんなことを考えていると、そのままの視点で女性の研究者が第三章では紹介される。この辺りの筆運びは実にうまい。きちんとフックがあるのだ。そして、この章ぐらいからだろうか。なんとなくエンジンがかかってくるような、あるいは視野が変わってくるような感覚を覚える。

カメラが一人の登場人物を写す、移動してまた別の登場人物を写す、さらに移動して別の登場人物を写す……それぞれの位置づけが異なることで、カメラの移動がその場所の大きさを表現することになる。そんな感覚だ。

そのカメラは、最終的に「いろいろなスタイルがありうる」ことを映し出す。当たり前の結論でしかない。置かれた環境も違えば、本人のスキルも違う。いろいろなスタイルがあって当然だし、なくては困る。でも、その納得感はぐるっとカメラを一周したときによりいっそう強く感じられるだろう。「こういう人たちがいて、それぞれにあがきがあったんだな」と。

さいごに

本書では何度か〈あがき〉という言葉が出てくる。たぶん、これは象徴的な言葉だ。

著者は「あとがき」の中で次のように書く。

いうまでもなく在野研究者のほとんどは無視されるし、実際の能力として正規の研究者にしばしば劣り、反応されたとしてもトンデモだと呼ばれ、労働とのバランスも多くの場合に崩れがちになるだろう。私もまたそのような無名に埋没する無数の研究者の一人である。

自嘲的ではないが、現実的だし悲観も伴う。でも、著者は続ける。

しかし、それならば研究などやらず済ませることができるのだろうか。無論、済ませたとて悪いことではない。けれども、もし自分のなかにそれで済まない志を感じるのならば、たとえ不細工に終わるのだとしても、やってみることに価値がないとは思わない。

これは希望の言葉だろう。少なくとも、私にはそのように感じられる。

本書は「こうすれば成功しますよ」というノウハウを提供するものではない。なにせこれらは〈あがき〉方なのだ。それはどうしようもない状況で、やむなくサバイブするために行われることだ。海の中に突き落とされて、小さな木片にしがみつきながら必死で立ち泳ぎする。そんなものである。

できれば、豪華客船でゆうゆうと次の大陸まで行きたい。誰だってそう望むだろう。でも、事情が許さないときがある、気持ちが付いていかないときがある、時代や環境が遮断してしまうことがある。それはどうしようもない事実であり、現実でもある。

そんなときにどうするか。

豪華客船を呪いながら、海の中に沈んでいくか。それとも、必死で立ち泳ぎを続けるか。

本書は、後者の選択をする人たちへのエールである。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です