4-僕らの生存戦略 5-創作文 物書き生活と道具箱

ライフハックをする勇気

青年 前から気になっていたことがあるんです。ライフハックって何なんでしょうか。だって、世にはいっぱいライフハックと呼ばれるものがあるでしょう。それらを見ていたら、もう何が何やらわからなくなってしまって……。

徹人 言葉の認知が広まり、流行していくにつれその意味はどんどん希釈されていく。時には一人歩きしてしまうことすらある。よくあることさ。だから、あまり気にしないことだね。君自身のライフハックを追求すればいいだけだ。

青年 それがわからないから困ってるんじゃないですか。いろいろなライフハックを勉強したのはいいんですけど、だんだん混乱してきているんですよ。自分は何がやりたかったのかって。

徹人 そうかい、ライフハックを勉強したのかい。そして、何がやりたいのかがわからなくなったと。

青年 そんなにニヤニヤしないでくださいよ。僕は真剣なんです。

徹人 わかってるさ、そんなことはね。ただなかなか面白いなと思ってね。ライフハックを勉強、というのは新鮮な響きがしたんだ。

青年 でも、あなただって必死に勉強したから今のあなたになれたんですよね。その立派な帽子もその業績への評価じゃないんですか。

徹人 そうであるとも言えるし、そうでないとも言える。いや、別に議論を煙に巻こうとしているわけじゃないよ。私自身は何かを勉強したわけじゃない。たんにハックし続けただけだ。それがたまたま評価されて、この帽子と立派な肩書きを贈呈されたことは確かだがね。

青年 勉強したわけではない? どういうことですか。あなたは万にも及ぶ引き出しを持っているじゃないですか。それはどこからやってきたと言うのですか。まさか自分で全て開発したと?

徹人 そんな大それたことを言うつもりはないよ。私が巨人の肩に乗っていることは間違いない。たしかにいろいろな本も読んだし、ウェブサイトもチェックした。皆でライフハック談義で飲み明かしたこともある。

青年 だったら……

徹人 ただね、それは知識を丸暗記したのとは違う。別に試験に合格したかったわけじゃないからね。その、なんと言ったっけ?

青年 ライフハック検定ですか。あれは立派な試験ですよ。毎年多くの受験者がいますし、ビジネスの現場で活躍している人が協賛もしています。

徹人 それは結構なことだ。まあ、その試験を受けて活躍している人がどれくらいいるのかは気になるがね。

青年 もちろんたくさんいるでしょう。なにせあんなに人気の試験なのですから。ともかく立派な試験なんです。

徹人 それはおかしな理屈だね。たくさんの人が受験しているのなら、確率的に言って何人かは活躍するんじゃないだろうか。つまり、試験の内容に関係無く、ということだが。いや、これは脱線だね。気にしないでくれたまえ。話を続けよう。私は試験に合格するのが目的ではなかった。では、何が目的だったのか。君には想像できるかい。

青年 あなたらしく知識欲というところですか。なにせこれほどの蔵書をお持ちのあなただ。

徹人 それは否定できないね。でも、それが全てというわけでもない。

青年 だったらあなたがよく言われる他者への貢献というやつですか。知識を持つ人は他人を救える。そうではないですか。

徹人 それは難しいところだね。たしかに知識を得たことで私は幾人かの人を救いもした。ときにはこちらが驚くほど感謝されたこともある。でも、それはおまけというかたまたまの結果だ。はじめからそれを意図していたわけではない。

青年 だったら、何だというのですか。

徹人 問題解決さ。それも自分の問題解決だね。

青年 問題解決ですって。そんな安直なことがありますか。あの偉大な知識たちが、単なる自分の問題解決だと。とても信じられませんよ。ああ、そうか。僕に真実を教えたくないんですね。だから、そんなことをおっしゃる。

徹人 いいや、それは違う。これは純粋に真実なんだ。私は、単に困っていた。そして、それを解決する手段を求めていた。ただ、それだけなんだ。それがこの成果なんだ。

青年 そんなことはとても信じられません。個人が抱える問題など矮小なものでしょう。それがこれほどの成果につながるだなんて。

徹人 若い君は知らないかもしれないが、知識というのは結合し、連鎖し、反応し、やがては増殖していくものなんだ。でも、その始まりは小さなことでしかない。私が作ったソフトウェアを知っているね。

青年 ええ、タスク管理の決定版と言われているあのソフトですよね。フリーミアムモデルでも莫大な利益を上げているとか。

徹人 ありがたいことにね。でも、あのソフトウェアの出発点は何を隠そう、私がタスク管理に困っていたからだ。私は、最適のツールを求めて世界中を探し回った。でも、どうしても見つけられなかった。ある部分は優れているツールでも、どこかの部分がかけている。たぶん、そのツールの開発者が必要だと思うことが、私のそれと重ならなかったんだろう。でも、よく考えてみればそれは当たり前のことだ。なにせその開発者と私は違う人間なのだから。置かれている環境も違えば、必要な情報も、使いやすいUIも違う。ある開発者は膨大な量のタスクを扱えるようにツールを最適化する。別の開発者は記録の活用に重きを置く。その割合が、一つ一つのツールで微妙に違うんだ。でも、結局私に最適なツールはなかった。だから作ったんだ。

青年 だから作った、などと簡単におっしゃいますが、誰にでも真似できることではありませんよ。

徹人 もちろん簡単だったわけではないよ。それにスタートは本当に貧弱なツールだったんだ。たまたま私とよく似た人たちがユーザーとなってくれて有益なフィードバックをたくさんもらえた。私が幸運だったのは、その中にソフトウェアの開発者が何人もいたことだ。きっと彼らもタスク管理に困っていたのだろう。私の右手にはGoogleがあり、左手には開発者からのアドバイスがあった。真ん中の頭脳がどれだけ劣っていても、何かを成し遂げるには十分だろう。

青年 幸運に恵まれたというわけですね。いいでしょう。それは納得します。でも、そこに再現性はないでしょう。

徹人 そもそも人生に再現性なんてないんだよ。そこを勘違いしちゃいけない。わかるかい。ライフハックというのは、何かライフハック的なツールを使うことではない。それは自らのライフハックを実現するためのツールでしかないんだ。

青年 自らのライフハック? それはどういうことですか。

徹人 私には私の人生があり、君には君の人生がある。つまり、私には私のライフハックがあり、君には君のライフハックがあるということだ。ライフハックというのは、もちろん表面的には人生の効率化ということだ。でも、なぜそれを行うのかと言えば、ライフハッカーたちが時間を求めているからだ。それも切実に。彼らには時間不足という問題があり、それを解決するのが自動化という手段なわけだ。だからね、ライフハックというのは問題解決なんだ。

青年 だとしたら一体何だというのですか。ライフハックがテクニックを使うことにはかわりないでしょう。

徹人 いいかい、よく考えてみたまえ。君はネジを回そうとしている、道具箱から出すのは何かね。

青年 そりゃ、ドライバーでしょう。

徹人 だったら君が壁に小さな穴を空けようとしているのならどうだね。その場合でもドライバーを出すかね。

青年 まあ穴があけられないわけじゃないですが、その場合は錐を出すんじゃないですか。それが小さな穴ならね。

徹人 つまり、状況に合わせて道具を選択するわけだ。

青年 そりゃそうでしょ。誰だってそうするはずです。

徹人 ライフハックだってそれは同じなんだ。わかるかい。それぞれのライフハックは問題を解決してくれる。でも、それは現象の一部分でしかない。スタートラインになるのは、問題を認識することだ。自分が今何をしようとしているのか、何を求めているのか、何に困っているのか。それがわからないとライフハックにはならない。単にテクニックを使っているだけだ。

青年 それは屁理屈ではないですか。僕には納得できそうもありません。

徹人 いいかい、これは覚えておくことだ。「ライフハックのテクニックを使うこと」と「ライフハックすること」は違う。自分の人生に関係ないことをいくらハックしても、それはライフハックではない。自分の人生に生じている問題を解決するのがライフハックなんだ。もし、テクニックが解決する問題と自分が抱えている問題が同じならばテクニックをそのまま使えばいい。そうでないなら、何かしらのアレンジをしたり、あるいは私みたいに自分で作り出す。そうした選択の総体が「ライフハックする」ということさ。テクニックばかりに目を向けていると、それが見えなくなってしまう。

青年 つまり、ハッキングツールを使っているだけではハッカーとは呼べない、ということですか。

徹人 はっはっは、なかなか面白い喩えだね。無論、そういう言い方もできるだろう。真なるハッカーは必要なツールを自分自身で作り出し、いかなる困難をも乗り越えていくだろうからね。でも、それはちょっと厳しすぎるかもしれない。だから、私はそれを初心者のハッカーと呼ぶことにしよう。

青年 初心者のハッカー、初心者のライフハッカーというわけですか。

徹人 なにごとも、守破離というものがあるからね。

青年 わかりました。だったら、僕はどうしたらいいんでしょうか。

徹人 他人に素直に聞くというのも、ライフハックの一つだね。とりあえず言えることは、君は無目的に情報を仕入れすぎた。それが君の混乱を引き起こしている。それと同時に、それが今の君が抱える問題でもある。もし、その問題を解決したいと望んでいるのなら、まずは情報を絞ることだ。そして、あいた時間で自分の心に耳を傾け、ありのままの生活を直視してみることだ。必要なら、朝一番にノートを開いてみてもいい。そこに自由に心の在り様を書き付けていく。そうすると見えてくるものもあるだろう。

青年 それもライフハックというわけですね。

徹人 もちろんそうさ。

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