7-本の紹介

【書評】Who Gets What(アルビン・E・ロス)

市場は遍在し、交流をかたちづくる。

物と通貨であれ、情報と人材であれ、人生と人生であれ、それらが交わるところには市場がある。それらの市場は、神の見えざる手で精緻にコントロールされて、いたりはしない。市場の失敗はいたるところで目にする。

市場があればすべてがうまくいく、ということはなく、うまくいくような市場の整備の方法があるというだけにすぎない。本書は、そんな「うまくいくような市場整備の方法」について書かれた本だ。

著者のアルビン・E・ロスは経済学者であり、2012年にロイド・シャプレーと共にノーベル経済学賞を受賞している。対象となったのは「安定分配理論と市場設計の実践」。つまり、本書で紹介されているマッチング・メカニズムについての研究だ。なぜ、マッチング・メカニズムがそれほど重要なのかは、この分野でよく挙げられる腎臓移植の話がわかりやすいだろう。

腎不全の患者がいて、その患者に腎臓を提供したいと思うドナーがいるとする。しかし、運が悪いことにそのドナーの腎臓は患者に適合しない。よってその患者は待機リストで悶々と待ち続けるしかない。

もし仮に、似たような患者とドナーのペアが他にもいたとする。たとえば、それが1000組ほどだったとしよう。それらを一つひとつ確認していけば、見つけられるかもしれない。何が? 交換可能なペアが、だ。

つまり腎臓の適合をアルファベットで表せば、患者A:ドナーB、患者B:ドナーA、という組み合わせである。これが見つかれば、ドナーはそれぞれ相手の患者に腎臓を提供し、自分がペアとなっている患者もまた腎臓を提供してもらえる。組み合わせを変えただけで、二人の患者が救われたのだ。さらに興味深いのはここからである。これをチェーンにする。

つまり、患者A:ドナーB、患者B:ドナーC、患者C:ドナーA、である。腎臓交換の流れがイメージできるだろうか。ここでは直接的に互いのペアがマッチングしていない。それでも交換の連鎖によって3人の患者が救われている。そして、想像できるようにこのチェーンはどんどん長くできる。たった一人の腎臓提供からスタートし、それが幾人もの腎臓交換へと連鎖して、膨大な腎臓移植が行われうる、ということだ。

以上のような状況を眺めると、そこでは「患者:ドナー」のペア同士で「マッチング」が行われていることになるし、その交換に参加したいと名乗りをあげる人たちは「市場」に参加しているとも言える。そのアルゴリズムがいかに重要なのかは想像に難くないだろう。この辺りの話は、坂井豊貴氏による『マーケットデザイン』でも解説されているので、気になる方はそちらを参照されるのも良い。新書なのでコンパクトにまとまっていて読みやすい。

マーケットデザイン: 最先端の実用的な経済学 (ちくま新書)
坂井 豊貴
筑摩書房
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こうした交換は、広い意味での「経済」である。しかし、旧来の経済が対象としてきたのはもっと限定的な市場だった。本書によれば、それはコモディティ市場である。コモディティ市場とは、「何を手に入れるのかを決めるのは自分で、お金さえあればそれを得られる」市場を指す。コーヒーが飲みたい? 自動販売機に130円を入れればいい。「あなたはたった100人のコーヒー購入プログラムに選抜されました」みたいな通知を待つ必要もないし、「どのコカコーラの自動販売機で買えばよいのか?」を悩む必要もない。

そうしたコモディティ市場での資源の分配は、価格をシグナルとして行われる。何かについてお金を払う意図があればあるほど、その主体が対象を必要としている動機が強い。簡単に言えば、お金を多く払う人ほどそれが欲しい。だったらその人に資源を割り当てれば良い。価格シグナルによる需要と供給の一致である。

これはたいていの場合うまく機能するが、そのたいていの場合は「コモディティ市場」であって、その他の市場ではない。そもそも米国では腎臓を販売することは禁止されている。価格をシグナルとしようもない。仮に販売できたとしても、そのような市場が本当に望ましいのかはかなりの考慮の余地があるだろう。

そこでコモディティ市場以外の、市場設計(マーケットデザイン)が必要となってくる。当然、その市場では価格をシグナルとすることはできない。新しい考え方が必要となる。本書ではそれが提示されている。

おそらく本書の白眉は、第Ⅱ部の「挫かれた欲求」であろう。ここでは、市場がいかに失敗するのかが実際例をもとに紹介されている。「抜けがけ」「速すぎる取引」「混雑」「高すぎるリスク」の四つがあり、それぞれに一つずつ章があてられている。これらの知見は、自分でちょっとしたマッチングを実施する上でも役に立つだろう。

さいごに

最後に一つ引用しておこう。

コミュニケーションが安価で容易になればなるほど、その情報有用性が低下するのは、マーケットデザインのパラドックスだ。

出会い系のサイトがあるとして、そこに魅力的な女性がいたとしよう。当然彼女のもとには、男性からのメッセージが山のように飛んでくる。なにせ3分あればメッセージを書き、送信ボタンを押せる。便箋と切手を買いに行き、文面を考え、清書した上でポストに投函する手間など必要ない。

そこでは「メッセージがやってきた」ことは何のシグナルともならない。本当に彼女に興味があるのか、それとも冷やかしなのかを判断できないのだ。そんなメッセージが1000件以上もやってきたら? 彼女はどのように選択すればいいのだろうか。

逆に男性の方も、そうやって競争率が高まれば高まるほど、保険としていろいろな女性にメッセージを送ることになる。当然、一つひとつのメッセージにかけていられる時間は減る。大丈夫、技術は私たちにコピペという手段を与えてくれた。当然、そのようなメッセージでは選ばれる可能性があがることはなく、マッチング市場はひどい混乱へと陥る。

この問題は、出会い系サイトに限らず、インターネットのあちこちで発生している。

「コミュニケーションが安価で容易になればなるほど、その情報有用性が低下する」

少なくともシグナルとしての価値は低下するだろう。なんらかの対策が必要だ。

▼目次情報:
【第1部】 市場はどこにでもある
・第1章 はじめに──どんな市場にも物語がある
・第2章 一日のさまざまな活動を支える市場
・第3章 命を救う市場プログラム

【第2部】 挫かれた欲求──市場はいかにして失敗するか
・第4章 抜けがけ
・第5章 速すぎる取引
・第6章 混雑──厚みのある市場がすばやく機能しなくてはならないわけ
・第7章 高すぎるリスク──信頼性、安全性、簡便性

【第3部】 市場をよりスマートにし、より厚みをもたせ、より速くするためのデザインの発明
・第8章 病院と研修医のマッチングはどう進化したか
・第9章 安心できる学校選択へ
・第10章 シグナリング

【第4部】 禁じられた市場と自由市場
・第11章 不快な市場、禁じられた市場……そしてデザインされた市場
・第12章 自由市場とマーケットデザイン

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