心の警報機

どれだけ立派な警報機がついていても、そのスイッチが入っていなければ、いくらでも侵入を許してしまいます。

だから、侵入者がまっさきにやることは警報機を切ることです。

それさえ切ってしまえば、あとはやりたい放題なのですから。


免疫反応は、ときにやっかいです。たいした害もないのに花粉に反応してしまい、大量の鼻水をもたらしてくれます。

でも、だからといって免疫反応がまったくなくなれば大変なことになるでしょう。免疫不全症候群の人は、ちょっとした病原菌でも致命的な事態に陥りかねません。

鼻水がうっとうしいから、免疫機能を取り除きたい、というのはさすがにいびつな(バランスの悪い)願いです。


疑問を持つこと。おそらく、人間らしくあることを支える要素の一つでしょう。

「あれっ、ちょっと変だな」
「これって、何かおかしくないか」
「やめておいた方がいい感じがする」

遺伝子に刻まれた本能的な反応なのかもしれません、経験に裏付けられた直感なのかもしれません、理性による演繹なのかもしれません。なんであれ、そう感じることには、一定の意義があります。

なにも感じたことがすべて正しいと言っているわけではありません。そう感じる心がある、ということが大切だ、ということです。

もちろん、あまりにもそれが多く出過ぎればやっかいなことになるでしょう。家に住んでいる人が一歩でも動くと発動する警報機は使い物になりません。それと同じです。でも、それですら「≪これって、何かおかしくないか≫って、思いすぎているかもしれない。これって何かおかしくないか」というメタ的脱出は可能でしょう。

疑問を持つことには、そんな力があります。


「起こることはすべて正しい」
「自分が考えていること・感じていることに誤謬はまったくない」

疑問が発生する余地はありませんね。


スイッチ、入ってますか?

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Rashita
物書きをやっております。実用書から小説までなんでもござれのハイブリッド物書きです。 ライフハックや仕事術、知的生産などに興味があります。

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