6-エッセイ

前にしか進まない歯車

たとえば、手にした配牌がタンヤオに寄っていたとしても、

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13巡後には、国士をテンパっているかもしれない。

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おそろしく確率は低いが、原理的には可能だ。可能性はゼロではない。これを夢と呼びたいなら、そう呼んでも構わないだろう。

ただし、タンヤオで手をまとめるよりは遙かに困難であることは認識しなければならない。だって、すべてを入れ替えるのだ。引き込まなければいけないものが多すぎる。

それに、それがもし配牌ではなく、10巡目の手牌なら国士は不可能である。何事にもタイムリミットというものがある。

不思議と、私たちはそういう認識から悠々と遠ざかる。なんだったら「一から人生をやり直した方が、無限の可能性に近づける」ような気がしてしまう。それが可能なのは、我々の手に無限の時間があるときに限られる。

たとえ人間が無限の可能性を持っているとしても、人生は有限なのだ。

残念ながら。

前にしか進まない歯車

村上春樹さんが、『遠い太鼓』の中で、40歳という年齢の節目について書いている。

 四十歳というのは、我々の人生にとってかなり重要な意味を持つ節目なのではなかろうかと、僕は昔から(といっても三十を過ぎてからだけど)、ずっと考えていた。(中略)四十歳というのはひとつの大きな転換点であって、それは何かを取り、何かをあとにおいていくことなのだ、と。そして、その精神的な組み換えが終わってしまったあとでは、好むと好まざるとにかかわらず、もうあともどりはできない。試してはみたけれどやはり気に入らないので、もう一度以前の状態に復帰します、ということはできない。それは前にしか進まない歯車なのだ。僕は漠然とそう感じていた。

一つ、四十歳という年齢に近づいて、似たような思いが少しずつ強くなっている。それは、過去に自分が書いた文章を読んだときに、より一層強くなる。二十歳や二十五歳に書いたようなものは、たぶん今ではもう書けない。だとしたら、三十代にも似たようなものはあるだろう。そして、それはかなり決定的なものかもしれない。

前にしか進まない歯車。

それは恐ろしく、残酷であり、究極的には救いであろう。

なにも四十歳までに偉業を成し遂げてやろうなどと思い込んでいるわけではない。春樹さんはこうも書く。

 それは予感のようなものだった。でも三十も半ばを過ぎるころから、その予感は僕の体の中で少しずつ膨らんでいった。だからこそそうなるまえに、──僕の中で精神的な組み換えが行われてしまう前に──、何かひとつ仕事をして残しておきたかった。もうおそらくこの先、こういう種類の小説は書かないだろう(書けないだろう)というようなものを書いておきたかった。

三十代の「自分の仕事」を成し遂げたいと思う。今でしか書けないこと、今だから書いておくべきことに力を注ぎたいと思う。なにせ、歯車は前にしか進まないのだ。「後で戻れる」や「セーブポイント」はない。それは錯覚か、自我防衛としての幻想であろう。そして、そろそろ幻想の杖は手放すタイミングだ。なにせ幻想を見ている間にも、歯車は進んでいくのだから。

「自分らしさ」の殻

自分はこれまで雑多なものを書いてきた。

倉下忠憲の電子書籍カタログ

電子書籍の自著の履歴を眺めるだけで頭がくらくらしてくる。こいつは一体なんなのか、という思いが、当の自分自身から強く立ち上がってくる。ある意味、それが「自分らしさ」でもあるわけだが、その言説からはどうしても言い訳の香りを感じてしまう。

もちろん言い訳が悪いわけではない。ただ、真に見つめるべきものからの逃避であるなら、注意が必要だろう。なにせ「これが自分らしいんです」と言ってさえおけば、何の改善の手も打たなくてもよくなってしまう。それは少し恥ずかしい。

「こいつはまあ、こういうやつなんです」というものを書いておきたい。それが実用書なのか思想書なのか小説なのかはわからない。ともかく、30代の私の本として提出できる本を書きたいのだ。

もちろん、書けばいい。

こういう宣言は別に必要ないのだ。ただ、書けばいい。こんな文章を書いている間だって、歯車は前に進んでいく。

だったらなぜこんな文章を書いているのか。それはわからない。たぶん、理牌リーパイのようなものではないかと個人的には推測している。

さいごに

発想は広げるだけでなく、その後に収束させなければ、意味あるものを生み出せない。

収束とは、可能性を捨てるということだ。それが残った可能性の実現性をより強く、濃くしていく。

何でもできると思っているうちは、何にもできない。

たぶん、そういうことなのだろう。

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