『残念ながら、あなたは救われません』

「残念ながら、あなたは救われません」
 男は予言者のように物々しくそう言った。 
「えっ、本当ですか」
 言われた男は聞き返した。中年ぐらいだろうか。苦悩が皺となって顔に刻まれている。
 予言者のような男は、静かに頷いてそれを肯定した。中年の男がさらに聞き返す。
「本当に、本当に私は救われないんですか」
「ええ」
 こうした応対に慣れているのだろう。しつこく聞き返す男に対して、そのたびごとに同じ答えを予言者は返した。否定の肯定。その連続。
 いつしか男の目には涙が浮かんでいた。
「よかった、本当によかった」
 納得を胸いっぱいに吸い込むと、男は代わりに自分のことを語り始めた。
「あなたは救われると、何度も言われてきました。そのたびごとに壺を買ったり、セミナーに主席したり、コミュニティに参加してきたりしたんです。救われるためにチェックするべき情報と請求書が山のように積み上がっています。それでも、こう言われるんです。あなたは救われる、と。それはもはや呪縛でした。いつのまにか、わたしは自分のことを救わなければならなくなっていたのです。なぜかって、それはわたしに救われる可能性があるからです。だから、救わなければいけない。でも、もうどうしようもない状況でした。それは泥沼なんです。あがけばあがくほど、救われようとすればするほど、深みにはまってしまう」
 男の思考は、通り抜けてきた闇をリフレインしていた。
「でも、わたしは救われないんですよね。手持ちの才能と可能性を中途半端につぶし、世界に何の貢献もできず、ただただ無残に、ただただ悲惨に、ただただ滑稽に、ただただ哀れに生きて死ぬだけの人生が許されているんですよね」
「もちろんです」
 予言者は再び頷いた。「人間は自由な存在なのですから」
 いつの間にか男は目をつむり、両手を胸の前で重ねていた。祈りにもにたその姿の中で、男はかすかに微笑んでいた。皺もまたその笑顔に調和していた。

Related Posts with Thumbnails
Send to Kindle
Rashita
物書きをやっております。実用書から小説までなんでもござれのハイブリッド物書きです。 ライフハックや仕事術、知的生産などに興味があります。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です