アウトライナーで遊ぼう 執筆法

『アウトライナー実践入門』考察 | アウトライナー概論 零章

「アウトライナーとは何か?」

ようやくこの問いに取り組めるようになった。足場となる書籍が発売されたからだ。

まずはこの『アウトライナー実践入門』を点検していこう。それによって、議論のアウトラインを描いてみたい。

アウトラインとは何か?

本書でいう「アウトライン」とは、ひと言でいうと「入れ子状になった箇条書き」のようなものです。

簡潔な説明だ。「入れ子状になった」は「階層構造を持つ」と言い換えてもいいだろう。

まずこの段階で、はるか彼方の「匂い」が感じられる。キーワードだけを目印代わりにおいておくと、べき乗則・自己組織化・フラクタル・臨界状態だ。地震の専門家であるクリストファー・ショルツの言葉「地震は、起こりはじめたときには、自分がどれほど大きくなっていくか知らない」も添えておいていいだろう。

ともあれアウトラインが「入れ子状になった箇条書き」であるならば、アウトライナーはそれを作成するためのツールだと言える。本書ではこう定義されている。

ここでは、アウトライナーを「アウトラインを利用し<文章を書き、考える>ためのソフト」だと定義しておきましょう。

おそらくこの定義__議論の出発点__が本書のコアである。

「アウトライナーを利用して、文章を書く」ならばイメージはたやすい。なぜなら、私たちは頻繁に「入れ子状になった箇条書き」を目にしているからだ。書籍の冒頭をパラパラめくってみるといい。ほぼ必ず「目次」があるはずだ。その本の構造が箇条書きで示されている目次は、まさに「アウトライン」であり、文章を書くときにそれが必要になることは誰でもわかる。

しかし本書はそこに「考える」をつけ加えている。それが本書の存在感と魅力の一部でもあろう。しかし、これは危うい賭けでもある。なぜなら「考える」という言葉自体が危ういからだ。これほど実体が見えない言葉もない。また、「考える」には必ず自己言及のトラップが伴う。哲学者なら指をポキポキならして戦闘態勢に入ることだろう。

しかし本書は「考える」とは何かを定義しない。むしろ、それをプロセスとして実際例を提示する。これには舌を巻くしかない。

著者は『アウトライン操作の5つの<型>』という形で、「思考」を「操作」に置き換えた。言葉通り<型>(あるいは形)を与えたのだ。さらに、章1つを使って、アウトラインが実際に操作されていく流れも明示している。「考える」を、「考え」させずに、「体験」させていると言ってよいだろう。この賭けは著者の勝ちのようだ。

ただし、『アウトライン操作の5つの<型>』はまだ検討の余地はあると思える。5つの型それぞれについての検討及び下位要素への分解、さらに他の型の検討。このあたりが課題になりそうだ。

ともかく、アウトライナーが「アウトラインを利用し<文章を書き、考える>ためのソフト」であり、「アウトラインを利用し<文章を書き、考える>こと」が、アウトライン・プロセッシングであると本書は置く。「アウトライン・プロセッシング」というのは、『思考のエンジン』で奥出直人氏も使っていた言葉だが、それほど異端な言葉ではない。

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ワープロは、ワードプロセッサーの略称である。そして、ワープロを使って、言い換えればワープロの機能に最大限最適化した形で文章を書く作業は「ワード・プロセッシング」と呼びうる。そこに新しい名前を与える必要があるくらいには、「原稿用紙に文章を書く」と「ワープロで文章を書く」行為は異なっている。その点は木村泉氏が『ワープロ作文技術』などで指摘している。

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「アウトライン・プロセッシング」も同様に考えてよいだろう。ただし、「アウトライン・プロセッシング」をどのように位置づけるかは検討できそうだ。それはまったく新しい何かなのか、「ワード・プロセッシング」と同じ階層に置かれるのか、それともその系譜(あるいは進化)として扱われるのか。これも一つの課題である。

この課題はそのまま「アウトライナー」というジャンルが、どのように位置づけられるのかの問題と呼応している。それは独自のツールなのか、機能特化のワープロなのか、それともまだ見ぬ「文章エディタ」の萌芽なのか。この問題は、私たちの生活において「考える」という行為が、どのように位置づけられるのかにも関わってくる。言い換えれば、誰のためのツールなのか、ということだ。

なかなか複雑で大きな問題である。

さいごに

思いつくままに書いていたら、p.15までで一原稿分になってしまった。まだまだ書くことは多いのだが、とりあえずはこれまでにしておこう。

私が考えたいのは、アウトライナーというツールの役割であり、位置づけである。それは、情報・思考・知識の操作を補助するツールではあるのだが、それだけでは何の説明にもなっていない。なぜそれが有用なのか、またどう使えばその有用性を発揮できるのかを検討したい。

また、アウトライナーの思想とWorkFlowyの思想は、慎重に切り分けて検討する必要もあるだろう。本来はそれぞれ別に議論されるべきだが、重複する要素が多いのでやっかいではある。むしろ、アウトライナー概論の一章に「WorkFlowyの思想」を割り当てるのが自然なアウトラインのような気もする。

というわけで、まだ始まったばかりである。

「アイデアは、起こりはじめたときには、自分がどれほど大きくなっていくか知らない」

ともかくはエネルギーを蓄えて、振動し続けるしかない。

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