0-知的生産の技術

母艦式ポケット一つ原則

「ポケット一つ原則」について考えよう。

『「超」整理法』に登場する概念で、置き場所を一つに限定しておく、という整理の運用法である。

この「ポケット一つ原則」を守っていると、メリットがある。

  • 探す場所が一カ所で済む
  • 「存在しない」が確定する

置き場所を一つに限定しておけば、何かを探すときは当然その場所だけで良い。あの棚、この棚、その棚と探し回る必要がない。

また、持っているものが必ずそこに置かれているのであれば、逆に言えば、そこで見つからなければ自分はそれを持っていないと断言できることになる。置き場所が多数あると、「もしかして、あそこかも……」といった妄想が悶々と膨らんで、探索の手はいつまで経っても止まらないのだが、そういうことは起きない。

まず、ここまではいい。非常に合理的な考え方だ。

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私のポケット一つ原則

さて、「ポケット一つ原則」は、基本的に書類の整理法として提唱されているのだが、それ以外にも敷衍できるだろうか。これはできると言って良い。私はEvernoteでポケット一つ原則を運用しているが、これがすこぶるうまく機能している。

しかし、よくよく考えてみると、私はこの原則を完璧には守っていない。どういうことかというと、Evernoteにある情報が、DropboxやらUlyssesにあったりするのだ。たとえば、書きかけの原稿などをテキストファイルとしてDropboxに置きながらもEvernoteに保存していたり、Ulyssesで粛々と書き進めている連載の完成分をEvernoteに置いていたりする。

これは一見「ポケット一つ原則」ではないように思う。

しかし、そうではない。

情報を探すときは、Evernoteを探すし、そこになければ存在していないと言い切れる。ようはDropboxにもあるしEvernoteにもある、UlyssesにもあるしEvernoteにもある、というだけなのだ。擬似的に他のツールに出張はしているが、基本的にはEvernoteが一つのポケットとして機能している。

母艦となるポケットがあり、そこにはすべての情報があり、調べるときはそこを調べる、という環境さえ維持できていれば、出張先がどれだけあっても構わない(もちろん少ない方が良いのだろうが)。これが、少し複合的な視点で見たときのポケット一つ原則である。そしてこれは、デジタル・クラウド時代におけるポケット一つ原則でもある。

母艦式ポケット一つ原則

紙の書類であれば、コピーを作るにはコストがかかる。金銭的なコストもだが、手間として認知される心理的なコストも発生する。デジタルは、その点が軽い。いくらでも簡単にコピーできる。だから、母艦式ポケット一つ原則の運用も楽チンである。

ただし、いくら楽チンであっても、そのコストはゼロではない。ちょっと面倒に感じることもある。「Ulyssesで書いた後、いちいちEvernoteに書き出して保存するの?」。そう思う人もいるだろう。

その点、EvernoteとGoogleドキュメントの連携はクールである。編集ファイルとしての実体はGoogleドキュメントに置いておき、そこへのリンクをEvernoteに保存することで、母艦式ポケット一つ原則が運用できる。

他にも最近バージョンアップされたMemoFlowyも、一つの操作でメモをWorkFlowyとEvernoteに送ってくれる。この場合、保存できるファイルの多様性を考えれば、母艦となるのはEvernoteで、出張先がWorkFlowyとなるだろう。もちろん、GoogleドキュメントのようにWorkFlowyとEvernoteが完全に同期してくれるわけではないものの、母艦式ポケット一つ原則を運用する上では、役に立つ。

さいごに

デジタルツールでややこしいのは、「情報の置き場所」と「情報の作業場所」が明確に区分されていないところだ。

書類棚には書類を置く。机の上には作業中の書類をひろげる。作業が終われば、書類は棚に返される。非常にわかりやすい。しかし、デジタルツールでは、保管してあるその場所で(Evernote上で、WorkFlowy上で)作業ができてしまう。特にワンライブラリ式のツールであればなおさらである。

だからこそ、ツールの意味づけに迷うことになる。

もう一度、いろいろなものの再編が必要ではないだろうか。デジタル・クラウドを前提とした、ツールの意味づけが。

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