BlogArts

ブログと知的生産、知的生産とブログ

「夏の知的生産とブログ祭り」では、ブログについてもお話しました。

わいわい盛り上がりましたが、結果としては「三人とも違うよね」という着地点になったので、今回は少し違った切り口で考えてみることにしましょう。

ブログと知的生産

「ブログにとって知的生産とは何か?」

ブログは、ツールとして見た場合、ウェブ上でのパブリッシング活動を支援するための道具として捉えられます。基本的には個人ユースが想定されますが、もちろん組織が運用することもできるでしょう。

その視点においては、ブログは単なる道具なので、「どう使うのが正しい」という規定はありえません。日記を書いたり、論考を書いたり、何か物を売ったり、誰かを怒らせてPVを稼いだりと、さまざまなことがそのツール上で実現できます。それはそれですばらしいことでしょう。

しかし、いろいろな使い方をしてもよい、ということは、どう使うかによって使用者の性質が露呈してしまうということでもあります。

「こう使わなければならない」という規定があるならば、その規定通りに使うかどうかが問題にされ、そこでは器用さや習熟度、あるいはルールへの従順心などが影響してくるだけです。しかし、「こう使わなければならない」がないのならば、どのように使うのかは、直接その人の性根みたいなものを映し出すことになります。包丁は魚を捌くためにも使えるわけですが、強盗を行うときにも使えるわけです。ここには、ある種の怖さが潜んでいます。

それを踏まえた上で、「ブログにとって知的生産とは何か?」という問いに戻るならば、まずブログを運営するとして、その中でいかに価値を増やしていくのかを探る人のための視点、ということになります。速く走りたいならトレーニングが必要だよね、というのと同じで、ブログの一つひとつの記事に価値を(あるいは価値の素材となるものを)添付したいと願うなら、知的生産の技術について学び、実践するのがいいよね、ということです。

知的生産とブログ

では、「知的生産にとってブログとは何か?」はどうでしょうか。

知的生産とは、

知的生産というのは、頭をはたらかせて、なにかあたらしいことがら──情報──を、ひとにわかるかたちで提出することなのだ

という行為です。でもって、注目するのは「ひとにわかるかたちで提出すること」の部分です。

「ひとにわかるかたちで提出すること」は、他の人が読めるように文章を整えて、というニュアンスもありますが、それに加えて「他人の人が読める環境にそれを出す」というニュアンスもあります。「提出」という言葉を重く受け止めればそうなるでしょう。つまり、広い意味でのPublisingが意識されているわけです。

となると、知的生活として、頭をはたらかせて、なにかあたらしいことがらを醸成していっても、それが「知的生産」として完結させようとするならば、それを提出できる「場」が必要なのです。あるいは「メディア」と言い換えてもよいでしょう。

2000年以前の世界で、個人の知的生産者がその「メディア」を持つのは大変な苦労でした。資格や功績やコネクションが必要であったり、あるいは作れても非常に小さい範囲にしか提出できない環境だったのです。しかし、今では世界中(少なくとも日本中)に向けて、「頭をはたらかせて、なにかあたらしいことがら──情報──を、ひとにわかるかたちで提出すること」ができるようになっています。その一端を担うのがブログです。

つまり、まず知的生産(あるいは知的生活)を行うとして、それを他の誰かに届けるための場の選択肢としてブログが存在することになります。

異なる視点と共通点

上記の二つは、どこかで重なる部分はあるにせよ、スタートラインが違っています。

まずブログがあるのか、それともまず知的生産(知的生活)があるのか。この違いに注意しておくと、話を切り分けやすくなるかもしれません。

とは言え、共通点もあります。

「まずブログ」の場合でも、知的生産の技術は大いにその活動に役立ってくれるでしょう。それらは苔の生えた古くさい技術ではなく、現代にまで続き、そして洗練が重ねられているモダンな技術です。その技術は、情報化社会において価値を生み出す手助けをしてくれるでしょう。

一方「まず知的生産(知的生活)」の場合でも、ブログを持つこと__ウェブ上にメディアを持つこと__の意義は少なくありません。自分の頭の中で発酵していたものが、ブログというメディアを通して、他人へと渡り、結果的にそれが社会への参画とつながっていきます。自分の知的生産の結果で、他の人とつながれた、という人は多いでしょう。それが、「ひとにわかるかたちで提出すること」の大きな意義の一つです。

そのようにして、知的生産とブログは合流していくわけです。

さいごに

今回は、

「ブログにとって知的生産とは何か?」
「知的生産にとってブログとは何か?」

と、問いの形を変形して、それぞれの視点で考えてみました。それによって差異が少し明らかになったのではないでしょうか。

もう一つ、これと関係して「なぜブログを書くのか?」という大きな疑問もあります。それはまた回を改めて書いてみるとします。

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