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引きこもりという現象(1)~東京都の引きこもりが2万5000人~

都内の引きこもりが2万5000人と推計 東京都の調査で(産経新聞)

 東京都内の引きこもりの若者が、約2万5000人と推計されることが22日、都の調査で分かった。家族との関係が希薄な男性に引きこもりが多いのが特徴。これまで全国レベルの調査はあったが、大都市での本格的な調査は初めてだという。

あくまでも統計による推測ではあるが、東京都内で2万5000人のひきこもりがいるらしい。はたしてこの数字をどのように解釈すべきなのであろうか。

都によると、無作為に抽出した都内在住の15歳以上34歳以下の男女計3000人を戸別訪問してアンケート調査を実施した結果、引きこもりの若者は全体の0.72%を占めることが判明。この数字を、実際に都内に住む15歳以上34歳人口の349万1000人(平成18年10月現在)にあてはめると、引きこもりの若者は約2万5000人と推計されるという。

東京都内にすむ15歳以上34歳未満の人口が349万人。その内の0.72%ということで2万5000人。0.72%ということは100人の中で一人いるかいないか、というレベル。人間の社会学的な行動から考えればそれほど極端な数字であるとも思えない。
極端な数字でないから問題ではない、ということが言いたいわけではない。
この程度の数字ならば社会的なキャパの内側にある、という推測はできるが、今後この数字が拡大していくのであれば社会的な問題である、ということは言えるだろう。

単純に引きこもっている人が生産や消費側に積極的に関われば日本全体の消費活動というのは当然活発になるだろう。しかしそれはマクロ的な要請であり、個人の生き方を規制できるものではない。

少し話がややこしくなっているが、引きこもりに関しての問題は、引きこもっている人間は社会に戻ることが難しく、そういった人間が社会的にみてお荷物になる可能性が高い(社会保障などの面において)
ということにほぼつきるのではないかと思う。

つまり社会的に見れば、将来に向けての問題ははらんでいるものの、今現在においては消費や生産に関わっていない、というだけの存在に過ぎない。食い扶持を持たない人間を養っているのは当面はその両親であり、現時点では国に直接的な負担というものはない。
社会的には働いてくれればプラスにはなるけれども、働いていなくても今のところマイナスにはならない、という認識でそれほど間違っていないはずである。

であるとするならば、0.72%の引きこもりというのはそれほど大騒ぎする問題ではないだろう。ただ、そうして割り切ってしまうには違和感がある。もちろん将来へ不安材料を持ち越している、ということもその原因の一つであろう。いずれにしろ、そのまま働かなければ生活保護の対象となる確率は高い。そうでなくてもフリーターくらしか仕事がないとなれば、生活の不安は消えないだろう。そういう状況が持ちうる社会の不安定感というのは当然現時点から心配しておかなければいけない。しかし、今のパーセントから見ればそれは大きな問題ではないと言えるだろう。

結局残るのは、生き方としての問題、ミクロの問題ということになる。人が引きこもって生きるたいう状況は一体どのような意味合いを持つのか。社会との関わり合いの拒絶ということが都内でも万単位の人間で起こっているというのは一体どういった現象なのであろうか、という疑問がわいてくる。

単純に就労意識が低い、つまりやる気がない、ということで切り捨ててしまえばおそらく日本が抱える構造的な問題というのは見えてこないだろう。引きこもりというのはもちろんさまざまな要因があるのだろう。ただマクロの視点からミクロに移行し、そこからもう一度マクロを見つめ返す中で、この現象の中に潜む根本的な問題というのが見えてくるのではないかと思う。
それは人が社会で生きるというのはどういったことか。社会との関係や労働とは何か、ということをもう一度見つめ直す、という作業になるかもしれない。

ちょっと長くなったので続きはまた別の機会に。

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