Evernoteの使い方

Re:Evernote vol.1

Evernoteの使い方を変えてみようと思い、

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かなりの時間が経った。

最初はちょっとした原稿管理ぐらいのつもりだったのだが、細かい部分をいじっているうちに、上の階層にまで影響が出てきた。今ではかなり大がかりな仕事になっている。そして、着地点はいまだ固まっていない。

だからそう、ちょっと考えてみよう。Evernoteの、いやEvernoteという概念の再構築だ。

認識の出発点

そもそもの私の認識は、「Evernoteは情報カードである」という地点からスタートした。正確には「Evernoteは情報カード的に使える」ということだが、話を始めるにはある程度具体的に絞り込むのがよい。そして、それはうまく機能した。

情報カードによるカード法を参照しつつ、Evernoteと「知的生産の技術」とのリンクは確立された。悪くない一歩だ。そしてそこから線を延ばし、「Evernoteは、パーソナル・ライブラリツールだ」という認識に至った。これは、「1ずつ加算していけば、いつかは10になりますよ」くらい至極もっともな帰結なのだが、もちろんそこには飛躍がある。

つまり、カード法はパーソナル・ライブラリツールの一部を為すのだが、その全体とイコールではない。この点の認識が甘かったことはたしかだ。『知的生産の技術』の著者である梅棹氏は、「すべてカードでやっている(ノートは使っていない)」と書かれていたが、しかしそれでは全貌は見えてこない。そして、パーソナル・ライブラリツールの埋められていない部分もそこにある。

だからそう、考え直す必要がある。部分の改修ではなく、むしろ階層を上がるような視点が必要だ。

認識の階層を上がる

基本的な考え方は、カード法のそれで良い。断片的に漂う着想や情報をキャッチし、それを蓄積していく。そして、それを知的生産へと役立てていく。ここは揺るぎようがない。「でも、それだけで十分なのだろうか」__必要な問いはこれだ。

Evernoteはカードである、という土台は固めた。だったら、当初は放置してきた、Evernoteはノート(ノートブック)である、を掘り下げるべきときがやってきたのではないか。なんといっても私は、長年ノートユーザーであり手帳ユーザーなのだ。その部分がEvernoteに十分落とし込めているのかというと、これは否と言わざるを得ない。あくまで私はEvernoteをカード的に使ってきたのだ。

しかし、Evernoteは、着想をストックしていく場所には留まらない。なんならそこで原稿が書けてしまう。情報カードだけでは土台無理な作業だ。そしてそれが、「Evernoteは、パーソナル・ライブラリツールだ」ということの意味合いでもある。ライブラリは、複数の部品から成り立っているのだ。

図式化してみよう。これまでの考え方はこうなる。

・Evernoteでカード法=Evernoteはパーソナル・ライブラリツール

階層を上がった考え方は、こうだ。

・Evernoteはパーソナル・ライブラリツール
 ・Evernoteでカード法
 ・Evernoteでノート法

当然のように、このように階層化すれば、「では、他の法は?」という思考も促される。そしてそれが、今後私が取り組みたいことでもある。

具体的な変化

たとえば私は、「inbox zero」という概念を最近放棄している。

もちろんinboxというノートブックはある。ただそれを「必ずゼロにしなければいけない」とは考えていないのだ。Gmailのinboxは毎日ゼロにするように努めているが、Evernoteのそれはゼロでなくてもいいと思っている。いや、ゼロでない方がいいかもしれないとすら思っている。

なぜなら、「inbox zero」の考え方は、タスク管理の文脈で成立したものだからだ。それがアイデア管理でも通じるとは限らない。たまたま同一の名前、似たような機能を持っているから、比喩的に同様のノウハウが通用すると考えてしまっていたが、そこは改めて検討する必要があるだろう。

これは見かけとしては小さい変化である。inboxノートブックがゼロになっているか、なっていないかでしかない。しかしそれは、もっと根本的なレベルにおいて、「アイデアはどのように管理されるべきなのか」という問いに接続している。その問いは、その他のノートブックの使い方をも変えてしまう。少なくとも、そういう可能性は持っている。

さいごに

と、大風呂敷を広げてみたが(得意技である)、具体的な戦略があるわけでもなく、着地点も見えていない。ただ、何やらモヤモヤしたものがあるので、考える土台を固めてみただけだ。ここから足場を組み上げ、実際に構築していかなければいけない。

とりあえず、約束された結論は「Evernoteはパーソナル・ライブラリツール」だ。これはもう刑事コロンボ的に決まっている。問題は、「パーソナル・ライブラリツールとは何なのか?」が分かっていないことだ。だからこの言説は、ほとんど何も(あるいはせいぜい20%程度しか)説明していない。

さらに難しいのは、現代の環境においてEvernoteだけでツールが完結することはあり得ない、という点だ。となると、最終的な絵は相当に大きいものになるだろう。考えただけで頭がクラクラしてくる。

でもまあ、Evernoteとノートの関係あたりから考えてみようと思う。たぶんそれは「ノート論」とも関わってくる気もするが、これもまた大風呂敷になりそうな点が厄介である。

(vol.2に続く予定)

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