4-僕らの生存戦略

一周回って、酸いも甘いも噛み分ける

麻雀の覚えたての頃って、相手の手なんか読めないのでガンガンつっぱねるわけですよね。好きな牌を切る。

で、ちょっくら覚えてくると、抑えるようになる。切らないようになる。防御力は高くなる代わりに、攻撃力は落ちる。トレードオフ。

やがてそこを突き抜けると、あたる確率なんてそんなに高くないし、守ってばかりでは勝てないことに思い至って、結局まっすぐ行くようになる。ただし、要所要所は押さえた上での突っぱね。

こういう巡回というか巡礼がある。

行く→守る→行く

でもって、二回目の「行く」は、単純そうに見えてやっぱり奥深い。機微を含み、ぎりぎりまでリスクを追及した「行く」になっている。巡礼効果。

さて、レビュー(評論・批評)。

最初の頃は、たぶん単純に「面白い」「すごく好き」みたいな感想を抱き、それを発露する。「すごーい!君は面白作品を書けるフレンズなんだね!」

でも、慣れてくると抑えるようになる。いくつか作品を知ることで、比較して評価するようになり、また世間的な評価が低いものを高く評価してしまって、自分にマイナスのフィードバックが返ってこないか心配になってしまう。むしろ、ネガティブな批評をすることで、自分をかっこよくみせたくなる気持ちが湧いてくる。

やがてそこを突き抜けると、そもそも一つの作品を完成させることの苦労を知ったり、単純な比較から抜け出して、自分自身の評価軸においてその作品を位置づけられるようになる。機微のあるほめ方ができるようになる。でもって、全体を活性化していくのは、そうした評価の声であることにも気がつく。人の心にガソリンを注げるようになる。呪いの言葉は、誰も幸せにしない。

褒める→けなす→褒める

こういう巡礼がありそうだ。

でもって、世間を見渡してみると、こういう「一周回って最初の場所に帰ってくるけれども、最初とは違う」というものが結構あるような気がする。これは、初心忘るべからず、ということではない。初心のままであれば、最初の行為と何ら変わらなくなってしまう。そうではなく、ポジティブとネガティブの両方を踏まえた上で、どちらを選択するのか、という意志の問題だ。

当たり前だが、これはネガティブを排除せよ、という原理主義的な話ではない。それは一つ目の「褒める」に留まれ、ということであり、非常につまらない結論だ。ポイントは、一周回ることである。けなすこともできる人が、褒める(=新しい価値を与える)こと。それもまた、一つの創造であることは言うまでもない。

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