気が重いときは、仕事の手がかりだけでも残す

タスクリストを眺める。チェックマークのついていない項目はまだまだ多い。未解決かつ先頭にあるタスクは、「メルマガ-今週の一冊」だ。2000字ほどの本を紹介する原稿。幸い紹介する本は決まっている。ゲルハルトなんちゃらの『哲学のきほん』。とは言え、何を書くのかについては未定である。エディタに向かう気が重い。主題が決まっていないときも気は重いが、内容が決まっていないときはさらに気が重くなる。

とは言え、仕事だ。

今日書かなければ、明日の自分が忙しいことになる。明日が明後日になっても同じ。先送りの連鎖のツケは、締切前の自分がすべて背負い込むのだ。ハカセの声が聞こえてくる。「いつかやらなきゃいけなくて、今時間があるなら、もちろん今やった方がいいだろうね」

僕は心の中で反論する。「でも、やる気がないときもあるじゃないですか」

ハカセはニヤリと笑う。「やる気がなければ作り出せばいいんだよ。元気がないなら休んだ方がいいけどね」
「どうやって、やる気を作り出すんですか?」
「どうやって、やる気を作り出すと思うかね?」

今の僕が今の僕に向かって答える。「困難は分割せよ」

初めから原稿を書き上げることを考えるから気が重くなるのだ。気の重さは感覚であり、感覚は容易に錯覚を生む。そもそも、人生なんて錯覚の塊かもしれない。

僕は、自分に言い聞かせる。「とりあえず、エディタを開いて、新規ウィンドウを作ろう」
アプリを切り替えて、commmand + n を押す。ズーン、という感じで新規ウィンドウが作成される。空っぽのエディタ。

僕は、再び自分に言い聞かせる。「とりあえず、タイトルだけでも書いておこう。どうせ書くことになるんだし」
エディタにフォーカスを移し、〈○今週の一冊〉とだけ書く。すると、レゴブロックのように、その言葉が接続を求めてくる。「タイトルも書いておこう」
〈○今週の一冊 『哲学のきほん』〉

少し成長した一文は、さらなる一文を求める。「著者名も書いておかないと」
さすがに、〈ゲルハルトなんちゃら〉で済ませるわけにはいかないので、僕は書名で検索をかけ、Amazonページにアクセスする。そのまま著者名をコピーし、エディタへと貼り付ける。

これで、一行目は完成だ。あと、(2000字 − 一行)。

僕はブラウザを開いたついでに、そのままTwitterへとアクセスする。悪い癖だとわかっていても、それを止めようとする手には迫力がない。愛する人に向ける剣のように、どことなく焦点が定まらない感じである。たぶん、無意識なりのいいわけがそこにはあるのだろう。発想を刺激するとか、気分転換とか、何かそういったことだ。たった一行しか書いていないのに気分転換? まあ、いい。一行だって、立派な進捗じゃないか。「0をどれだけ集めても、1にはならない」
たしかにその通りだ。

そんなことを考えながらも、頭の片隅では、どんな原稿を書こうかと考えている。いくつかのアウトプットを行ったことで、情報コンディションが原稿モードに移行しているのだ。あの本は、どんな本だったかな。何が書かれていた。どう書かれていた。まずはその説明からだろう。そこから、本の意義みたいなものへとアクセスする。たぶん、一般的にイメージされる哲学書とは雰囲気が違うだろう。かといって、『ソクラテスと朝食を』ほど、凝った構成でもない。何か、そういうことがあの原稿には書かれるのだろう。

雰囲気が固まると、気の重さは減ってくる。

アプリを切り替えて、再びエディタを表示させる。そこに現れるのは白紙のエディタではなく、すでに一行目が書かれたエディタだ。その一文は、次の一文を求めている。

僕は、かっちりとした文章から始めるのではなく、つらつらと思いついたことをメモ風に書き込んでいくことを選択した。文章になっていなくて、キーワードだけのものも多い。でも、それでまったく問題ない。それだって進捗である。「万里の原稿も、一筆のメモから」と言うではないか。言わないか。

ハカセの声が聞こえてくる。「まずはなんでもいい。仕事の手がかりを残すんだ。ほとんど確実に決まっていること。動かしがたいこと。自分がこうしようと思っていること。それを書き残しておく。するとね、それが次の土台となるんだ。着手の心理的障壁が下がり、心のモードがそちらにシフトする。つまり、こういうことさ。掴んだ手がかりは、次の一歩への足がかりとなる。これを覚えておくといいよ」

僕は、まったくもってハカセの言葉が正しかったことを知る。あの頃の自分は、そうやって〈ジブン〉を動かす術すら知らなかった。等身大のジブンというのは、感覚であり、結局それも錯覚にさらされる。ただ、それだけのことなのだ。たいそうに身構える必要はない。

気がつくと、原稿は完成していた。気の重さは、もうどこにもなかった。

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Rashita
物書きをやっております。実用書から小説までなんでもござれのハイブリッド物書きです。 ライフハックや仕事術、知的生産などに興味があります。

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