0-知的生産の技術 断片からの創造

アイデアの不確定性とその対処

たとえば、読書のノウハウに関するアイデアを思いついたとする。本の選び方についてのテクニックだ。十分に検討すれば、2、3個のノウハウくらいにはなるだろう。

さて、ここで問題が生じる。

そのアイデアを、たとえば「読書術」としてまとめるのか、それとももっと大きなインプット法の一部としてまとめるのかが、その段階ではみえていない。前者なら、さまざまな本の選び方、読み方、並べ方、出し方、などと相まって一つのコンテンツ群を形成するだろう。後者なら、本の読み方に限定することなく、ウェブ情報の閲覧やインタビュー方法と絡めてコンテンツが生成される。

さて、どちらを選べば良いのだろうか。あるいは、それ以外の選択肢もあるのではないだろうか。

不確定性アイデア

一口にアイデアといっても、その位置づけ方には複数の選択肢がある。そのことがアイデアの扱い方を困難にする。

もし、アイデアを思いついた瞬間にその位置づけが決定的であれば、扱いもたやすいだろう。Evernoteであれば、位置づけの枠組みとなる企画案をノートブック化したり、専用ノートを作ったりして、そこに記入しておけばいい。それでまぎれはなくなる。

しかし、上記のように、利用の仕方が複数あり、未確定であるならば、どこかに位置づけるということが難しくなってくる。量子的にゆらいでいるものをそのまま扱おうとしているからだ。

可能であるならば、考えるうる限りの枠組みを作ってしまい、そのそれぞれにアイデアを配置すべきだろう。コピー・コストが劇的に低いデジタルデータだからこそできる力技である。ただし、アイデア利用の可能性というのは、ある意味で不確定である。つまり、場合によってはいくらでも考えうる。数が膨大になる、ということだ。それらを真面目に対応していたのでは、時間はいくらあっても足りないだろう。

決定的非決定性

ボトムアップとトップダウンのズレなのだ。

「読書に関する2、3のアイデア」は、もうはっきり形が決まっている。しかし、複数のアイデアを集めて構成される枠組みは、その時点ではまったく見えていない。しかも、その枠組みをボトムアップ・アプローチ主体で作ろうとすれば、基本的にはそれは未決定ということになる。先回りして決めることは不可能なのだ。

しかし、それでは整理が困難である。

突き詰めて言えば、これがアイデア整理のややこしさの根源である。

決めきれないものと格闘しているのだ。

属性付与

属性の付与、という視点を取れば、「読書に関する2、3のアイデア」というアイデアのメタ情報に、「読書法」と「大インプット法」の二つの属性を与えておくのが効果的な解決方法になるだろう。Evernoteであればタグ、Scrapboxならハッシュタグを書き加えるわけだ。思いつくかぎりに。

ノートブックへの配置であれば、必要な分コピーする必要があったわけだが、こちらは情報の存在はそのままである。単にメタ情報が増えたに過ぎない。しかし、そうしておくことによって、「読書法」コンテンツを検討するときにでも、「大インプット法」を検討するときにでも、このアイデアに遡上することが可能となる。

ただし、このやり方では、「読書法」コンテンツと「大インプット法」コンテンツのどちらを書けばいいのか、という問題は未解決のままである。それをギリギリまで未解決にしたまま、コンテンツ素子を集めていく方法と言えるかもしれない。

一見有用そうにも思えるが、有限化が導入されず、延々と素子を集めるだけで終わってしまう危険性を孕んでいるとは言えるだろう。

さいごに

上記は、もちろん私が具体的かつ実際的に直面している問題である。

何かを閃くのはたやすい。そして、その断片的閃きは、断片的であるがゆえに、利用可能性は多岐にわたる。たった1つのレゴブロックは、どのような建築物の構成材ともなりうるのだ。

アイデアの利用可能性を担保したまま、「整理」するのは難しい。

だから、より効率的な「超整理」を導入するか、あるいは整理そのものを放棄する「脱整理」(整理の脱構築)を行うか、という話に流れてしまうわけだが、あまり観念的な方向に行きすぎてもあくびを増やすだけだろう。

とりあえずは、Scrapbox的なハッシュタグの可能性に希望を託したいわけだが、それはそれとして、この「観念が持つ多様性」をそのまま扱えるツールがあればいいのにな、という詮無い願いも消えることは無い。

#アイデアの扱い方 #発想法 #Evernote #Scrapbox

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