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自民党が「世襲制限」するんだってさ

自民党が「世襲」で少し混乱している様だ。

民主党が次の総選挙で世襲制限を行うということで、自民党としてどのような対応をするかという党内のコンセンサスが出来上がっていない状況があるのだろう。小泉元総理がこのような発言をしていた。


「世襲は制度ではない」小泉元首相、地元で反論
(読売新聞)

 小泉純一郎元首相は18日、神奈川県横須賀市本町で開かれた自民党横須賀市連合支部大会で講演し、「世襲は制度ではない。政治家は有権者に選んでもらわない限り、議員にはなれない」などと、世襲批判に強く反論した。

「政治家は有権者に選んでもらわない限り、議員にはなれない」という点だけ見ると非常にもっともな発言である。しかし違和感が沸いてくる。

普通選挙による政治家の選択というのは、有権者が「この人は」と思う人を各自が一票を投じて、結果を多数決にゆだねるという行為だ。
が、世襲によって跡を継ぐ政治家は、その他の候補に比べると明らかにスタートラインが前にある。政治慣れした後援会がバックにある世襲議員と、新人候補がまったく同じ条件で選挙できると言えるだろうか。

そう言う意味では、芸能人議員と、こういった世襲議員はある程度似ているところがある。芸能人議員は知名度という点においてその他の候補よりも抜き出ている。しかし両者はまったく同じではない。

メディアに露出して知名度を得ている代わりにその人間の考え方、態度などが世の中に広く知られている。それが選挙においてはデメリットになることは十分に考えられる。
それに、芸能人議員は「しがらみ」というものが少ない。
親の後を引き継いだ世襲議員はどうしても、過去に世話になった政治家、企業などに頭が上がらない。そういった政治家が果たして大きな「改革」を実行できるだろうか。

社会の状況に応じて必要とされる政治家の能力も変化していく。保守というものが必要な時代もあるだろうし、大きな改革というものが必要時代もある。その時代に応じた政治家を世に送り出す必要があるのだろう。

現状の世襲の状況では、そういった大きな改革を興せる人材が国会に多く出られるか、かなり疑問である。

これを公職選挙法などで制限していくのはやりすぎではないか、と個人的には思う。
職業選択の自由という点においては制限をかけることは憲法違反であるとも思える。

だから、やはり各党が「こういった候補はだしません」とはっきり明言して、党の性格としてアピールし、それによって有権者の判断を仰ぐという過程があればよいのではないだろうか。
世襲議員を制限しない政党は、「過去のしがらみ」に引きずられやすい党、という風に国民が理解すれば、今国民がどのような政治家群を必要としているのかが、選挙の結果あきらかになるかもしれない。


スコープ 世襲現職に逆風 自民『制限』導入前倒し
(東京新聞)

 素案は、次期衆院選から同一選挙区で連続して立候補する親族を公認しないことが柱。政治資金管理団体の継承を認めないことも盛り込まれ、同本部では取り扱いを幹部に一任した。

 武部氏は会合後、「一定の制限をすべきだというのは委員会の一つの結論」と説明。親族の範囲など詳細を詰めた上で、月内にも麻生首相に報告し、正式決定を目指す。

 次期衆院選から導入されれば、公認予定だった小泉純一郎元首相の次男・進次郎氏(神奈川11区)と、臼井日出男元法相の長男・正一氏(千葉1区)が無所属での出馬を余儀なくされる。ただ、無所属で当選後の追加公認は容認する見通しだ。

で、自民党は民主党と差を付けられたくない思いから、次の選挙から「世襲」を制限する方向で進んでいる様だ。

しかし、これは思いっきり意味のない制限である。対象となる小泉元首相の次男である、進次郎氏には自民党の公認は与えないものの、無所属で当選したあとは追加公認を容認するという。看板を下げて選挙に出て、当選後は看板を上げるという。それだけではなく、この選挙区には自民党の公認の立候補者は出さないという。これ以上有権者をバカにした態度はないのではないかと思う。

これを国民が直視すれば自民党の支持率は落ちて当然である。世襲の議員を自らの党に加えたいのならば形ばかりの「世襲制限」はあきらめて撤廃すべきだろう。いかにも形だけ世の中の流れに追従します、という体質こそ自民党の古き体質である。こんな状況になっても、本気の変化が出来ない自民党が次の選挙で勝てば、この国の行く末も見えてしまっていることになる。

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