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村上春樹氏から学んだ大切な事

人生というのはだいたいの場面において自分の思い通りには事が運ばないものである。比較的些細な事からけっこう重要な事までその法則は当てはまってしまう。
だからこそ人生は楽しいんだ、と割り切って考えら得る人はそれ事態が幸福な才能といえるのではないだろうか。

人にお勧めできるかどうかはちょっと自信がないのだが、私自身がこの人になつかない猫との関係性のようなもどかしい人生についてある種軸とも呼べる考え方がある。
それは村上春樹氏の「村上朝日堂 はいほー!」というかなり軽い感じのタイトルのエッセイ集の中におさめられている。
『はいほー』の中の「恋に落ちなくて」というエッセイにはこのような文章がある。

以下引用

これは色恋とはまったく関係ないけれど、<そういうものだ>と<それがどうした>という言葉は人生における(とくに中年以降の人生における)二大キー・ワードである。経験的に言って、このふたつの言葉さえ頭にしっかりと刻みこんでおけば、たいていの人生の局面を大過なくやりすごせてしまう。

なんというか諦めという言葉が浮かんできそうでもある。しかしこれは積極的回避とも呼べる態度だ。以下実際例を引く

たとえばせっかく駅のフォームの階段を駆けのぼったのに、間一髪で電車のドアが閉まってしまったりすると、ものすごく腹が立つものであるが、このようなときは<そういうものだ>と思えばいい。つまり電車のドアというものはたいてい目の前で閉まっちゃうものだと認識し、納得すればいいのである。そう思えば別に原も立たない。世界がその原則に従って然るべき方向に流れているだけの話である。

これが<そういうものだ>の使用例だ。電車だけでなく、人生のありとあらゆる場面で使える言葉だと私は思う。
さらに引用を続ける。

しかしその電車に乗り遅れたおかげで待ち合わせの時間に遅れることだってある。そういう場合には<それがどうした>と自分に向かって言い聞かせる。時間なんてたかが便宜的な区分じゃないか、待ち合わせに二十分やそこら遅れたって、そんなことは米ソの核軍拡競争や神の死に比べたらなんていうことないじゃないか、と思う。これが<それがどうした>の精神である。

正直なところ、齢29歳の私にはいまだにこの<それがどうしたの>精神性にはたどり着く事ができていない。待ち合わせに5分でも遅れそうになるとかなりイライラしてしまう。もちろん社会的に見ればそれが正しい事なのだが、これは心の持ちようの問題である。だいたいの場合において私自身が単独で行動する場合待ち合わせには15分前には到着するよう行動しているので滅多な事では遅れるような事はない。ただ団体行動で待ち合わせとなるとそううまく事が運ばなくなる。そういうときでもイライラしてしまうのだが、そういう時こそ<それがどうした>の精神の出番だ。

ただ、最初の<そういうものだ>というのは非常に便利な考え方であると思う。重要なのは「腹を立てない」ということだ。
世の中にはいろいろな出来事・物事がある。そして人に与えられた時間は短く、人が持つエネルギーは有限だ。
些細な事にいらだちを感じ、怒り、腹を立てるエネルギーを使うというのは人生全体から見て非常に効率が悪い。
ここぞ、というときにしっかりエネルギーを使えるように<そういうものだ>を駆使し、エネルギーを保存しておくことは結構重要な事なんではないか、と思う。

この二つの精神は、「小さいことにくよくよするな」につながるものだ。ほとんど同じかも知れない。ただ、<そういうものだ><それがどうした>という非常に散文的な言葉で表現されると、ぐっと身近な感じになってくる。一度頭にこの言葉が住み着くと、日常生活の中でもふと<そういうものだ>というキーワードがでてくるようになる。

何か問題が起きたとする。すべての問題には原因がある。ただ一人の人間の思考からたどれる原因とそうでない原因がある。たどれるならその原因を分析し、同じ事を繰り返さないように心がける。たどれないならば、自分の手に負えないのだからきっぱり考えないようにする。それが私の中での<そういうものだ>の解釈だ。

<それがどうした>に関しては、未だ自分の腹の中にしっかりとした居場所が見つかっていないので、具体的な解釈をすることはできない。すべてのものごとを<それがどうした>と割り切ってしまえば、身内の死も、友人の結婚も、自分自身の生き方も<それがどうした>という事になってしまう。<それがどうした>に溺れれば無気力主義に陥ってしまう。そういう意味で結構危険な精神である。しかし人生において、特に後半戦の人生においては<それがどうした>的割り切りもきっと必要になってくるのだろう。

30代、40代に向けてしっかりこの言葉をしみ込ませていきたいと思う。もちろん他人に無条件で薦められるものではない、ということは自分自身も承知している。

村上朝日堂はいほー! (新潮文庫)
新潮社
発売日:1992-05
発送時期:在庫あり。
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おすすめ度:4.0
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