”平和”を守るルール

「じゃあちょっと聞くけどさ」
彼女はほんの少し視線を鋭くして僕に向き直る。
「あんたの目の前で見るからに罪のない人が暴力にあっている。それも圧倒的な暴力だ。相手は無慈悲に自分の力をまるで誇示するかのようにふるっている。もしかしたらその罪のない人は放っておけばいずれ命がつきてしまうかもしれない」
「ふむふむ」
「そんとき、あんたはどうするんだい?絶対平和主義者のあんただったら」
「やはり暴力はいけないと思うよ。暴力に暴力で対抗しても憎しみの連鎖は・・・」
「それが、あんたのいう絶対平和主義なのかい。笑わせてくれるねぇ。あたしには単なる臆病者のいい訳にしか聞こえないけどさ」
「そうじゃないよ、確かに暴力を止めるための暴力というのは必要悪として存在するかもしれない。でもそれは本当に最後の手段なんだ」
「一体だれが、その最後の瞬間ってやつを決めるのさ。その罪のない人が死んで自分のみに暴力が降り掛かろうとしたときかい?」
「そういうわけじゃ・・・」
「結局は平和、平和いいながら、自分が誰かに暴力を振るうことがいやなんだろう。実際暴力を振るう方も痛みを感じるからね。ただ自分が暴力を振るったという状況に直面したくないから、お飾りの平和主義の中でぬくぬくと暮らしているんだろ。そんなやつらに世界が救えるとはとても思えないよ。」

僕は沈黙を返す事しかできなかった。彼女の指摘はとてもとても正しい。僕は人を傷つけたくないだけだ。そう、傷つける事の重みを背負い込みたくないだけ。ただそんなのかっこわるいから「暴力反対」「平和主義」を掲げて生きているだけ。自分の周りの世界が安全ならばそれでいい、他の世の中がどんな状況だって知らんぷりして生きていく。それのどこが間違っているというのだろう。僕は自分の欲求にただひたむきにしたがって生きているだけなんだ。

僕が何か言い足そうな顔をしていたのかもしれない。彼女がさらに告げる。
「自分は弱いから関わりたくないならばその場からすぐに逃げ出せばいいんだ。それをしたり顔で平和主義の看板ぶら下げて人が暴力ふるわれている所に干渉している、それがあたしには我慢できないくらいイライラさせられるのさ」
「だったら僕はどうすりゃいいのさ」
「さっきもいったろ、弱いなら弱いと認めてしまえばいい。世の中の流れに流されるだけのちっぽけな存在ですと世界中に表明してしまえばよい。誰もあんたに期待しないし誰もあんたに絶望しない。あるいは」
彼女はそこで大きく息を吸い込んだ。
「自分なりのルールに従って、痛みを背負い込む覚悟をし、自分の罪の意識を腹に飲み込んで暴力を振るうしかない。でもそれは結構きつい事なんだ」
「僕にはうまく想像する事ができないな。そのような生き方がどんな信念のもとでなら可能なのか」
「信念なんかじゃないさ。それは、ただの本能や習性に近い。でも人間は本能の赴くままに生きるには社会というものを作り込みすぎちまった。それはよかれ悪かれ人の心と行動を縛り上げてしまのさ」
彼女はそういってポケットから細いタバコを取り出して火をつけた。そのタバコはあまりに細いので目を凝らさないとふっと消えてしまうかのような錯覚を覚える。煙もほとんど出ていない。それはもしかしたらタバコではないのかもしれない。

でも、彼女はそのタバコのようなものから大きく煙を吸い込み、深く深く吐き出した。それはため息を隠すためのものなのかもしれない。世界にはため息をつきたくなるような事が本当に山ほどある。僕と彼女の関係もその一つのうちだ。
「ともかく、僕は僕なりのルールを見つけるよ。すくなくとも自分自身くらいは納得させられるルールを」
「そうするといい。すくなくとも自分は納得させられたんなら上出来さ。世の中にはそれすらもできない連中が本当に多いからね」
彼女はまるで会話の最後の句読点をうつかのようにタバコを足下に投げすて、靴の底で踏みしめてから静かに僕の前から姿を消した。

人道的介入―正義の武力行使はあるか (岩波新書)
岩波書店
発売日:2001-10
発送時期:在庫あり。
ランキング:12870
おすすめ度:4.5
おすすめ度5 求められる真摯な思索
おすすめ度4 人道的介入の理解のための「形」を与えてくれる一冊
おすすめ度3 確かに良書。が、しかし
おすすめ度4 人類が背負う重い課題
おすすめ度4 とても勉強になった。
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Rashita
物書きをやっております。実用書から小説までなんでもござれのハイブリッド物書きです。 ライフハックや仕事術、知的生産などに興味があります。

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