ネタ帳という呪縛からの解放

かつて僕は、ネタ帳にチェックボックスをつけていた。Evernoteにノートを作り、そこにネタになりそうなことを書き込んだ上で、各行にチェックボックスをつける。そうしてネタを並べておき、使ったものはチェックマークを入れる。うん、すごく自然な運用だ。でも、結局それはやめてしまった。なんだか重かったのだ。心理的に。

チェックボックスをつけてしまうと、ただそれだけのことだけなのに、それが「タスク」に思えてきてしまう。やるべきこと、という重み付けが生じるのだ。そうして発生する重さと、ネタ帳という存在が持つ本来的な軽さはまったくマッチしなかった。金遣いの荒い女性と、倹約家の男性の夫婦みたいなものだ。これはなかなかシンドイ。

僕は、ネタ帳には縛られたくないと思った。でも、ネタ帳とわかれたくもなかった。だから、今のネタ帳は、シンプルに「そうだ、これはR-style向きだな」と思ったことを書き並べている。わかるだろうか。「そうだ、これはR-styleで書こう」ではない。そうなると、それはTodoとなってしまう。ブログはTodoを実践する場ではない。それはもっと別の何かなのだ。少なくとも僕にとっては、ということだけれども。

ブログは、僕が考えたことを書く場所である。あるいはこう言ってもいい。僕が何かを考えるための場所である、と。考えることを誰から強要されたくはない。たとえそれが過去の自分であってもだ。まあ、そんなに大げさな話でなくてもいい。たんにネタ帳に書いてあることが「今」書きたいと思えることが少ないのだ。だからそれをTodoにはしたくない。そんな状況なんて想像するだけでゾッとしてしまう。世の中には生きていくためにどうしても避けられないTodoというのはたしかにある。僕たちは真なる自由を手にすることは一生できないだろう。かといって、不必要なTodoを自ら作り出す必要もない。僕にとってのブログのネタとは、そのような存在であり、できる限り自由な関係を築きたいと思える対象でもある。

僕は毎日、その日に書きたいことをブログに書いている。本当に毎日、その日の分を書き下ろしているのだ(日曜日は除くけどね)。そこには強制はどこにも存在しない。そして、それがどこにも存在しないから僕はブログを書き続けてこられたんだと思う。『ブログを10年続けて、僕が考えたこと』でも書いたけど、ブログというのはそういうのが許されるメディアなのだ。書きたいときに、書きたいことを書く。そんな自由なメディアはこれまでほとんどなかった。今の僕たちはそれを手にしている。アクセス数にあくせくしているなら(笑うところだよ)話は別だが、どのようなことを書いても、自らの責任において自由であるというのが、ブログに心地よい風を吹かせるのだ。だから、僕はブログとはそのような関係性を築いていたいと思う。

だったらなぜネタ帳なんかを作るのだろうか。幸いなことに、今日のこの記事は、まさにそのネタ帳からピックアップしたネタを書いている。ちょうど「ネタ帳という呪縛」という書き込みがネタ帳にあったのだ。でも、ネタ帳にはその一行しか書き込みはなかった。そこでどんなことが書かれるのかまでは規定されていない。挙げ句の果てに、今日の僕はネタ帳への書き込みとは別のタイトルでこの記事を書き始めている。所詮、ネタ帳のネタとはそのような存在である。きっかけの提供。触媒的機能。それだけだ。それはTodoではない。

ネタ帳をTodoリストのように考えてしまうと、ブログの更新はひどく辛いものになる。それはある種の労働であり、過去の自分からの使役の命令でもある。そうしたものが極端に好みならばともかく、そうでなければいずれは心が疲れてくるだろう。ブログ疲れ。すべてはネタのTodo化から起きてくる(もちろんそれ以外の理由もたくさんあるけども)。

ネタ帳はあくまでネタの帳面である。ネタリスト。それはTodoリストではない。あくまで、思いついた事柄のうち「そうだ、これはR-style向きだな」というものを便宜的に分類しているに過ぎない。それは「書かなければならないもの」ではなく「かつての自分が書きたいと思ったもの」だ。自分の着想の痕跡。ただ、それだけだ。それを利用するもしないも、今の自分次第である。

たとえそうであっても、ネタ帳を作ることには意義がある。第一に、ネタ帳が肥えてくると「何かしら書くことはあるに違いない」という安心感が芽生えるし、第二に(ネタを使う)メディアを更新しようという意志を持っていることを確認できる。ネタ帳がそこにあるだけで、何かしら心の位相が違ってくるのだ。

でもそれは、何度も書いているがTodoリストではない。そう考えるとたいへん重くなる。僕はR-styleのネタ帳に書き込んだことを、ほとんど使っていない。せいぜい3割以下で、もしかしたらもっと少ないかもしれない。でも、使ったものもある。残念ながら、ネタ帳を使わなければそれらのネタを書かなかったのかどうかまではわからないが(対照実験をしようがない)、僕のブログの更新がかなり長く続いていることはたしかである。それらの記事の大半は、ネタ帳を経由せずに書かれているが、ネタ帳を経由して書かれた記事もある。

あるいはそれはタマゴを一つの籠に入れてはいけない、という古典的なアドバイスのアレンジバージョンなのかもしれない。分散的ネタ管理。なにか、そういったものだ。

ともかく、僕にできるアドバイスは二つである。

  • ブログの更新を続けたければネタ帳を持て
  • しかしそのネタ帳をTodoリストのようには扱うな

以上。

一つ目を言う人は多いが、二つ目はあまり語られていないと思う。でもって、それは結構大切なことなのだ。ブログ以外においても。

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Rashita
物書きをやっております。実用書から小説までなんでもござれのハイブリッド物書きです。 ライフハックや仕事術、知的生産などに興味があります。

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