『勉強の哲学』のノート術 その2

前回:『勉強の哲学』のノート術 その1

異世界への扉

ノートとは異世界への扉である。だから、胸ポケットにミニノートを忍ばせていることは、異世界への扉を携帯しているに等しい。この「扉」というのが大切なところだ。

私たちはノートによって、「これまでの生活に縛られないで自由に考える時間と空間」を手にすることができる。ノートによる異質な情報空間。それが異世界の正体だ。しかし、ノートを持つことは、異世界召喚で体全体ごと、言い換えれば人生の全てを異世界に移行させることとは違う。なにせそれは扉なのだ。開けて入り、開けて出てくる。扉は行き来を可能とするものである。

『勉強の哲学』にはこうある。

勉強の哲学 来たるべきバカのために (文春e-book)

ひとつのノートアプリのなかに、普段の仕事や学校の科目用のノートブックと、個人的な勉強のためのノートブックをつくっておけば、何をするにもそのアプリを見ることになります。ならば、生活のタイムラインと勉強のタイムラインを区別しつつ同時に存在させ、勉強をつねに横目にいれておく、というふうに、「いながらにしていない」を実現できる。

「生活のタイムラインと勉強のタイムラインを区別しつつ同時に存在させ」ること。これは、≪ワンアウトラインの思想≫でもある。「私」というものの中に、生活と勉強は並立する。生活の中に勉強があるわけでも、勉強の中に生活があるわけでもない。生活しているときに、勉強から切り離されるわけでも、その逆でもない。「私」は、そのときどきで好きな(あるいは必要な)扉を開けて、その世界に入っていくだけだ。そして、また戻ってくる。

ここでは、世界(あるいは人生)の部分が相対化され、重層化している。「私」にとって、生活だけが人生ではないし、勉強だけが人生でもない。その両方の可能性を同時に含むもの。それが人生である。ノートは、人生の重層化のための装置である。そういう言い方もできるだろう。

不連続な連続

別の視点もある。

「私」という感覚は連続的なものである。少なくとも(寝ているとき以外は)「私」の感覚はずっと同一のものとして続いている(だから、歳を取ることにどうしても慣れないわけだが)。しかし、その感覚は錯覚、せいぜい気のせいである。

「私」はそのときどきで違っている。「分人」の話を持ち出してもいいが、ダイエットを決意した自分と、300gの美味しそうなステーキが目の前に出てきたときの自分を比較してもいい。高尚な古典を読んだ後で、愚劣なギャグマンガで笑っている自分を検討してもいい。ともかく、自分は連続したものではない。

かといって、完全にバラバラでもない。不思議なことに、(私はこれをほとんど奇跡のようにも感じるのだが)文房具屋さんに行くたびに新作のノートが気になるし、書店に行けば村上春樹さんの本が気になる。四六時中その興味が継続していることはないにせよ、不連続な「私」にも、連続的なものが感じられる(それが認識における自己同一性を唯一担保するものだろう)。

あるとき夢中になってプログラムのコードを書いていても、一週間くらいしたらさっぱり飽きてしまう。でも、二ヶ月後にまた、コードを書きたくなる。そのような不連続な連続性__電子のエネルギー準位のようである__を「私」は持っている。ノートはそれを掴まえる。

勉強の経過をノート(アプリ)に書くことは、勉強の継続にとって、重要です。
何を読んだのか、どこまで考えたのか、何がまだわからないのかなどを書き、いつでも簡単に開けるようにしておく。サボることがあっても、経過の記録があれば、いつでも戻れる。(中略)勉強を続けるには、日々、ノート(アプリ)の管理をするように心がける。

ノートがあれば、「私」は、ある時点まで帰ってこられる。自分で構築した情報空間に復帰できる。「自分」のセーブデータ。それがノートである。

思索だけでも、「これまでの生活に縛られないで自由に考える」こと自体は可能である。しかし、それは長くは続かない。「私」の不連続性がそれを阻害する。そして、間が空いてしまうと、思索だけでは元の状態に復帰することは極めて難しい。扉を開けて、「あの場所」に戻っていくような感覚はどこにもない。ただ断片的な思索が、つながりもなく点在しているだけである。

つまり、ノートは(断片的に散らばりがちな自分の)統合のツールでもある。ただしその統合は、相対化・多層化を経由して行われるので、決して単純なものには落ち着かない。特に、≪ワンアウトラインの思想≫に基づいて行われる統合は、その統合の中から新しい何かが生まれてくる動的な力を有している。

次回:『勉強の哲学』のノート術 その3

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Rashita
物書きをやっております。実用書から小説までなんでもござれのハイブリッド物書きです。 ライフハックや仕事術、知的生産などに興味があります。

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