徒手で何かを考えるのは、実は難しい。

「考える」という活動は、脳内で行われるものであり、即ち体一つあれば実行可能なのだが、実はそれは簡単なことではない。だから、我々は道具を使う。

※ノートと共に考える。

一番直感的なのは記憶力のなさだろう。短期、長期のどちらにおいても、我々の記憶には限界がある。だから、ノートとペンという道具を使って我々は考える。さらに言えば、認知できる対象の限界、忍耐力の限界、認知資源の上限もある。一つのことを脳だけで考え続けるのは難しいし、それが肉付けされていけばいくほど、その全体像をキープするのも難しくなる。だから、記録を使って我々は考える。

さらに、バイアスによる歪みも発生する。肉体的に再現できる(想起できる)記憶は、自分の感情や先入観といったもので歪められ、考えをうまく進めていく材料になるのではなく、むしろそれを阻害するものになる。記録はそれを補正してくれる。

もっと言えば、その時点で足りていない知識がやまのようにある。それを「本」という道具を使ってサポートし、我々は自分の考えを前に進めていく。

考える = {学ぶ,読む,書く,…}

徒手で何かを考えるのは、実は難しい。

だから今日も我々はNoteに何か書きながら、考える。

ノートを使うことは、人間の限界を超えることである。それもあっさりと。

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Rashita
物書きをやっております。実用書から小説までなんでもござれのハイブリッド物書きです。 ライフハックや仕事術、知的生産などに興味があります。

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