〈混ぜるな危険〉

リスト、というものを運用する際には、そこに入れる項目の属性を揃えておくことが肝要になります。

むしろ話は逆で、属性の揃った項目が並んでいるのがリストなわけですから、属性が揃っていないと、リストの性質そのものが変化してしまいます。

たとえば、今日スーパーに行って買うもののリストの中に、来年の誕生日に自分プレゼントとして買いたいものが入っていたら、それは「今日の買い物リスト」から「今から1秒後以降に自分が買うかもしれないリスト」に変質するわけです。これはあくまで極端な例ですが、もっと微妙なものが混ざり込み、そのリストがもともと持っていたコンテキスト(キープしていた属性)が変わってしまうことがあるわけです。

混ぜるな危険、止まるな危険 – simple and bright

そう、混ぜるな危険。
頭が落ち着いているときでさえ、ありがちなリストの混乱と変質。でも、こんな最悪の時の方が混ざらないのかもしれません。「早く食べて、寝よう!」という究極のクローズドリストです。あとは布団かぶってエスケープ。頭のなかで行きたいところリストをどんどん追加していく。まさにオープンリスト。といっても、メモをする精神状態にはないのですが。

『タスク管理の用語集』では、何度も〈混ぜるな危険〉を登場させました。それくらい重要だからです。なぜか。それは、放置しておけば、自然に混ざるものだからです。そもそもとして、私たちの心の中に浮かぶものは、別に属性化もクラスタ化もされていません。意識は常に一つで(あるいはそのように感じられ)、そこにすべてが発生します。リストは、それを恣意的に分別するものです。逆に言えば、恣意的に分別しない限り、それらにはっきりとした境界線はないのです。言い換えれば、私たちは意識の力(なんなら理性の力)によって、情報を区別します。哲学的ゾンビは、きっとリストを作れないことでしょう。

だから、漠然としていると、どんどん情報は混ざり合っていきます。エントロピーは拡大していくのです。

世の中には、放置しておくと勝手に分離していく水溶液もありますが、意識の中の情報はそうはなっていません。むしろ、それは、混ざり合っていきます。時間が経つうちにどんどん記憶が鮮明になっていった、という経験などないでしょう。鮮明に思い出せるものは、たいてい何度か思い出しているものであり、そこで記憶の強化(悪く言えば改竄)が行われているだけです。

私たちは、意識の連続性のおかけで、そこに(意識内に)ある情報は、何もしなくてもそのままの状態で確固として存在しているように感じますが、そうではないのです。つまり、リストは、もともと(人間が使う限りにおいて)混ざりやすいものなのです。だからこそ、〈混ぜるな危険〉の警句が活きます。

これは、リストの運用原則として語られていますが、もちろん、そんな単純な話ではありません。『タスク管理の用語集』の第二章をじっくりお読みの方はおわかりでしょうが、リストを「作る」ことは、何かを「決める」ことです。クローズドリストの場合はそれがさらに強調されます。単なる備忘録ではなく、そこには恣意的(あるいは意識的)な決定があるのです。

「今はこれをする」と決める。
「今日はこれをする」と決める。

そのような意志決定を経て、タスクリストはこの世に顕現します。それは意識の中では曖昧な情報たちの恣意的な分類であり、言い換えれば意志の発露なのです。

別に、純粋なタスクリストの話だけではありません。「早く食べて、早く寝よう」も意思決定であり、「今はこれをする」(他のことはしない)を決めています。大きな話をすれば、「自分の仕事」とは何かを考えることもまた意思決定です。それは、「自分の仕事」のリストにどんな項目をのせるのかとイコールである、ということです。

決める、ということ。
放置していれば曖昧になってしまうものを、決めることを繰り返すことで、一つの状態に保つこと。

上記は、発生した決定をずっと擁護していくような権威主義的なものではなく、常にそのときそのときにおいて決定すること。連続的かつ断続的な決定を繰り返していくこと。それが、リストを混ぜない(≒クリアに保つ)ことの意味です。

〈混ぜるな危険〉とは、作成する段階で混入を防ぐことだけを意味するのではありません。むしろ、自然と混濁してしまう状態を意志を持って整えることを強く意味しています。

「今自分がやること」の混乱は脱線を呼び、「今日自分がやること」の混乱は締切遅れを、「自分の仕事」の混乱は自分の人生における納得感の阻害を生みます。

そして、そのどれもに「決定」が必要です。「正解」はどこにもありません。自分で決め、その結果を受け入れることが必要です。

これは、決定論・運命論でもなく、かといって自己が世界を支配するという話でもありません。どちらかと言えば、その領域を〈行ったり来たり〉するものなのでしょう。

自分のリストを作ること。それはつまり、他人のリストを混ぜないことです。

自分の人生を生きていくために、これ以上必要なことはないでしょう。

それは「自由に生きていく」ことでもありませんし、「好きなことで生きていく」ことでもありません。あくまで限定的な領域を確保する、ということであり、何かを決定し続ける主体をキープする、ということです。そして、それがリストを作る、ということです。

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Rashita
物書きをやっております。実用書から小説までなんでもござれのハイブリッド物書きです。 ライフハックや仕事術、知的生産などに興味があります。

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