【書評】反脆弱性(ナシーム・ニコラス・タレブ)

不安定な状況に対処するには、どうすればいいだろう。まず思いつくのが、不安定さを無くしてしまう方法だ。安定さで押さえ込み、「安定的な状況」を作ってしまう。あるいは、不安定なままでもやっていける状況を作ってもいい。波の乗り方を覚えるわけだ。他にはどうだろう。

たとえば、不安定さを利得に変えられる方法なんてどうだろう。それが本書が提案する「反脆弱性」である。

反脆弱性[上]――不確実な世界を生き延びる唯一の考え方
ダイヤモンド社 (2017-06-23)
売り上げランキング: 727
反脆弱性[下]――不確実な世界を生き延びる唯一の考え方
ダイヤモンド社 (2017-06-23)
売り上げランキング: 2,461
ブラック・スワン[上]―不確実性とリスクの本質

著者は、『ブラック・スワン』で市場の崩壊を警告し、その裏にあるメカニズムを解き明かしたわけだが、ブラックスワンは予測することができない。だったらどう対処すればいい? 

著者は本書でその答えを提示している。「予測なんて捨ててしまえ」

3つの性質

本書はきわめて面白く、いささか分厚い。さまざまな分野に話が及んでいるので、読んでると脳の多数の領域が書き換えられていくような感覚すらする。しかし、肝となる話は一つである。反脆弱性について理解し、うまくいけばそれを利用すること。さらにそれを悪用する輩を排除すること。これだけだ。

著者は物事の性質を三つに分ける。変化に弱いもの(ティーカップ)。変化には強いがそれ以上でもそれ以下でもないもの(金属板)。そして、むしろ変化を好むもの(?)。それぞれ、脆弱、頑強、反脆弱である。

ヒドラは一つの首を切ると、新しい首が二つ生えてくる。Wow。発明家は失敗を活かし、ボトムアップアプローチは思いつきを本題に反映させ、ロングのオプションは市場の暴落で大もうけできる。どれも静的なアプローチではない。むしろ、秩序に反するもの、安定に反するものを自らの利得に変えている。変化を好み、失敗を愛し、傷を力に変える。それが反脆弱性なものであり、不確実な世界でなんとか生き延びるための一つのアプローチである。

ブラックスワンは予測できない。だったら、予測するのではなく、脆いところに近づかないことだ。つまり、平常は安定しているように見えるが(あるいは少々の利益すらもたらしてくれるように見えるが)、不測の事態が生じたときに木っ端微塵に吹っ飛ぶところには近づかないようにする。その代わり、小さな失敗が許容されて、一つの大きな成功を掴めば、それまでの失敗がチャラになるようなところに身を寄せればいい。

それならば、リスク確率がどうだとか、格付けがどうだとかは関係ない。前者から遠ざかることで突然の死(不測の死)から距離をおけるし、後者に近づくことで予想外の利益(それもとても大きな利益)を手にする可能性を手にできる。ようするにそのシステムの脆さ(あるいは反脆さ)に目を向けろ、という話である。

我々の認識の限界と、非線形的な反応を示す現象(これは『ブラック・スワン』に詳しい)を受け入れるなら、著者の提案は至極もっともというか、それしかないとすら言える。リスクが「計算」されるとき、そこにはさまざまな仮定が入り込む。そこに少しの間違いや、許容できない精度の誤差が含まれていれば、出てくる答えは役には立たない。むしろ有害ですらある。しかし、私たちが世界を理解し、それを制御できると考えていると、ついついそういう計算をやってしまいがちなのである。そして、そういう人間が集まる組織もまた、世界を(あるいは社会を)計量可能なものとして、制御しようとする。そして、0.00000000001%の確率(と計算された)出来事で見事に吹っ飛んでしまう。

本書の射程はあまりにも広いので、ここでその全貌を語ることはとても無理なのだが(記事末に目次データを引用してあるのでご覧あれ)、ともかく上記の核の部分を理解しておくだけでもかなり違うだろう。反脆さに近づくのは難しいかもしれないが、脆いシステムに近づかないことはできる。これは、生き方全般に言えることである。これからの時代において、一人ひとりが自分の生き方を決めていく傾向が強まっていくならば、その指針は極めて重要となりうる。変化に弱いところには近寄らないようにする。できれば、変化を力に変えられるところに近寄るようにする。たったこれだけだが、それは長期的に意味のある戦略となる(逆に、短期的にはあまり意味が見えない戦略でもある)。

反脆さと倫理

もう一つ、本書で触れておきたいのが、倫理観についてである。反脆さには、脆さが含まれる。全体を構成する一部が「壊れる」から、全体が新しくリストラクチャーされるのだ。つまり、細かい損があるからこそ、大きな得がある。ヒドラの皮膚があまりにも硬ければ、首は切られないが、首が増えることもない。小さな脆さがあるからこそ、全体の反脆さが得られる。

個人が小さな失敗を繰り返し、よりよい成功に近づくのはよいだろう。しかし、他人に脆さを押しつけ、自分だけは反脆さを手にするのはどうだろうか。国民に失敗のツケを支払わせながら、自分だけは巨額のボーナスを得る金融機関のCEOは、反脆さを手にしている。彼らがシャンパンを開けても、社会的にはほとんど利得がない。人類という種(あるいはそのDNA)にとって、個々人の人間など使い捨てでしかないが、そうした個々人の脆さは、人類種という全体の強さ(あるいは環境適応性)に貢献している。この二つの事象は似て非なるものであるし、前者は社会的な不満を増殖させ、個々人の生活のクオリティを押し下げる結果しかもたらしていない。

著者は後半で徹底的にこの問題に切り込んでいくのだが(彼が、ファ○○・ユー・マネーを手にしている証左でもあろう)、解決の道のりは相当に遠いだろう。第一にこの反脆弱性(あるいはオプション性)が周知されていないとシステムにメスを入れる意図が理解されないだろうし、第二にすでに社会システム自体が頑強に固まっている(むしろ頑強を目指している)点もある。そこに反脆さを注入していくのは至難の業だろう。

世界は、どんどん統一的に、巨大に、そして変化を押さえ込むように動いている。それは短期の視点ではよいのかもしれないが、ブラックスワンが到来したときの衝撃もまた大きくなっている点は留意しておきたい。それもまた、一つ上の視点から見た反脆さなのかもしれないが。

▼目次データ:

[上巻]

プロローグ

第1部 反脆(はんもろ)さとは
 第1章 ダモクレスとヒュドラーの間(はざま)で
 第2章 過剰補償と過剰反応はどこにでもある
 第3章 ネコと洗濯機
 第4章 私が死ねば、誰かが強くなる
第2部 現代性と、反脆さの否定
 第5章 青空市(スーク)とオフィス・ビル
 第6章 ランダム性は(ちょっとなら)すばらしい!
 第7章 浅はかな干渉――医原病
 第8章 予測は現代性の生みの子――ブラック・スワンの世界へ
第3部 予測無用の世界観
 第9章 デブのトニーとフラジリスタたち
 第10章 セネカの処世術
 第11章 ロック・スターと10パーセント浮気する――バーベル戦略
第4部 オプション性、技術、そして反脆さの知性
 第12章 タレスの甘いぶどう――オプション性
 第13章 鳥に飛び方を教える――ソビエト=ハーバード流の錯覚
 第14章 ふたつが“同じもの”じゃないとき
 第15章 敗者が綴る歴史――試行錯誤の汚名をすすぐ
 第16章 無秩序の教訓

[下巻]

 第17章 デブのトニー、ソクラテスと相対(あいたい)す
第5部 あれも非線形、これも非線形
 第18章 1個の大石(おおいし)と1000個の小石の違いについて
 第19章 賢者の石とその逆
第6部 否定の道
 第20章 時(とき)と脆さ
 第21章 医学、凸性、不透明性
 第22章 ほどほどに長生きする――「引き算」の力
第7部 脆さと反脆さの倫理
 第23章 身銭を切る――他人の犠牲と引き換えに得る反脆さとオプション性
 第24章 倫理を職業に合わせる――自由と自立

 第25章 結論
エピローグ 生まれ変わりに生まれ変わりを重ねて

Related Posts with Thumbnails
Send to Kindle
Rashita
物書きをやっております。実用書から小説までなんでもござれのハイブリッド物書きです。 ライフハックや仕事術、知的生産などに興味があります。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です