【書評】『インターネットは自由を奪う』(アンドリュー・キーン)

インターネット存在に警句を告げる声は少なくない。また、その対象もさまざまである。ジャロン・ラニアーの『人間はガジェットではない』では、多様で複雑な人間存在がインターネットに(あるいはデジタル処理に)押し込まれてしまう点を危惧しているし、『ネット・バカ』『オートメーション・バカ』のニコラス・G・カーは、人間の知性の在り様がネットや高度なデジタルツールによって変質してしまう可能性を危ぶんでいる。

インターネットは自由を奪う――〈無料〉という落とし穴
アンドリュー キーン Andrew Keen
早川書房
売り上げランキング: 20,120

本書『インターネットは自由を奪う』は、そうした人間性や哲学性に関する視点ではなく、むしろ経済や雇用寄りの視点である。その意味では、とあるITベンチャーの奇妙な実体を描いたダン・ライオンズ の『スタートアップ・バブル』が近いかもしれない。中身は空っぽで、美しい理想だけを声高に叫び、人々の希望と欲望をエンジンとして進んでいくITベンチャーは、一方で投資家から莫大なお金を集め、もう一方では従業員をいつでも切り捨て可能な人材として扱う。そうしたベンチャーの大半はほとんど死滅していくが、その中のごく一部が莫大な富を手にして、成り上がる。待っているのは何か。富の偏在である。

ネットの二つの危険性

本書はネットがもたらす現象について大きく二つの危険性を提示する。一つは、先ほど書いたように経済格差の拡大及び、雇用の不安定さの増大である。IT企業は時価総額の割に雇用している従業員が少ないのが特徴だが(それを人は効率化と呼ぶのである)、一方で人件費の安い地域で粗悪な労働環境と共に人を使っている実体もある。さらに、昔の企業のように福利厚生を準備しない代わりに、何か別の「素晴らしいように思える」施策を打ち出す企業もある(この辺は、前述した『スタートアップ・バブル』が面白い)。

また、ウーバーがやり玉にあがっているが、片方でタクシー運転手が「個人事業主」として扱われ、不安定な日々を送りながら、もう片方ではその会社のCEOは巨万の富を築いている。それが公正なことなのかはともかく、社会の不安定さは向上しているだろう。面白いのは、ほとんど下請け的存在にも関わらず、それを「個人事業主」として扱うことでサービス提供会社はその存在に社会的責任を負う必要がない状況を作り出していることで、これはまったく日本のコンビニフランチャイズと同じ仕組みである。まったく、ビジネスとは見事なもので、会社にとって(社会にとってではない)利益のあることなら、どんなものでも貪欲に飲み込んでしまう。

ともかく著者の言い分は、ネットは雇用を拡大したり、個人の可能性を拡大させてはおらず、むしろ不安定さと格差を広げているだけだ、ということだ。それが本書の原題でもある「The Internet is not the answer」が示すことでもある。つまり、ネットはさまざまな問題の解決策なんかではない、むしろ別の問題の大きな発生源である、と著者は見ている。

とは言え、さすがにその言い分はネットの功労を無視しすぎている嫌いはある。少なくとも、言論活動についての自由度は飛躍的に向上したし、またフィンテックなどの技術によって、市場がまだ整備されていない地域の少額決済が活発となり、新しいお金の動きが生まれている例もある。それは社会にとってプラスの効用をもたらしているとは言えるだろう。しかしもちろん、それらがバラ色の物語だけでないことには同意できる。後は、その影響がどのくらい大きいのかを検討する必要があるだろう。

著者が提示するもう一つの危険性は、監視社会である。これは改めて解説するまでもないだろう。たしかに私たちは100年前に比べて圧倒的な監視社会に身を置いている。しかも、それはビッグブラザーのような国家によって先導されるものではなく、グローバルな企業(あるいは仮想的な企業連合体)によって進んでいる。私たちは、一市民として政府の施策にノーを提示することはできる。しかし、企業については株主でない限りは不可能だ。それが意味することを、私たちはもう少し考えた方がよい。

二段階のネットの歴史

さて、著者はインターネットそのものを忌み嫌っているわけではない。彼はその歴史を二段階に見る。第一段階は、ティム・バーナーズ=リーによるWWWの創出時期であり、その頃は広い意味で公共のためにネットは整備されていたし、また公的なお金も投入されていた。

第二段階は、それ以降の、金と市場に接続した時代である。著者が懸念を示しているのは無論こちらの方だ。格差が拡大し、雇用が不安定になり、監視が強まっていく。ネット黎明期に強く信じられていたユートピアの姿はどこにもない。広がっているのは、ネット基盤を利用した、貴族制・封建制の再来である。資本家はただお金をたくさん持つだけにあらず、権力と接続する。そして自由と平等を叫びながら、自分たちとそうでない人間の間に高い壁を築く。その状況がもたらす歪みが、おそらくはトランプ大統領を支持する声の源になっているのだろう。たしかにそこには、奇妙な歪みがある。

とは言え、著者は最後にもう一段階をつけた足す。2015年以降、行きすぎたテクノロジーが私たちに与える害について懸念を示す人たちが登場してきたと言う。本書では、オバマ元大統領の「われわれに偉大なことを成し遂げるパワーを与えるテクノロジーは、われわれを傷つけ、ひどく害する場合がある」という言葉が象徴的に扱われていて、他にもヨーロッパでグーグルやアマゾンの「行きすぎ」に対してノーを突きつける施策が選択されていることも紹介されている。パワーバランスが改善されようとしているわけで、著者はそこに希望を見る。

自由と規制

結局のところ、ネットは自由を至高のものとし、嗜好し、試行し、志向してきたわけだが、その考えは簡単に反規制・無規制へと接続してしまう。あるいはそのように利用しやすい存在だったと言えるのかもしれない。しかし、考えてみればそのネットの基盤を為すのは、TCP/IPというプロトコルのルールではなかっただろうか。だとすれば、安易に「ルールなんて無用」と叫ぶのはどこかおかしいし、実際的にも先日のVALUの事件(※)のように消費者保護の観点からいって危うい点も多い。
YouTuberヒカルが、無期限活動休止 VALU騒動を謝罪

たしかに行きすぎた規制は経済を含むさまざまな活動を鈍くしてしまうが、かといって規制は何一つない方が良いというのはいかにも度が過ぎる単純化であろう。そうした思慮を持たず、声高に自由を叫ぶ人間は(そして何かしらのサービスを提供している人間は)、案外タレブが『反脆弱性』で言う「身銭を切らないでオプション性を獲得しようとしている」人間なのかもしれない。そういう輩が活躍すればするほど、割を食うのは市井に生きるごく普通の人々であろう。

『不道徳な見えざる手』でアカロフとシラーが言うように、いつだって自由市場には「詐欺師」が入り込む余地がある。それを自己責任で対応すべしなどと言っていたら、その市場そのものが不活性化してしまうだろう。結局、規制がまったくない状態だって、時間が経てば活動を鈍くしてしまうわけだ。

さいごに

私たちは改めて自由について考えるべきであろう。

監視されていない状態というのも、もちろん明白な自由だが、市民が仕事をして自分の生活を成り立たせていけたり、老後をきちんと生活できたり、病気の時はケアしてもらえたりするのも、自由とは言えないだろうか。それともジャングルの奥地で、たった一人で狩りをし、病気のときは自分で直し、虎に襲われたら自己責任で対応するしかない生活というのが自由なのだろうか。仮にそれが自由なのだとして、それを望む人々はどれくらいたくさんいるだろうか。

解放されたからといって、自由に生活できるとはかぎらない。そしてその解放すら見せかけかもしれない。

私たちは改めて自由とそれを支えるルールついて考えるべきであろう。

▼こんな一冊も:

人間はガジェットではない (ハヤカワ新書juice)
ジャロン ラニアー
早川書房
売り上げランキング: 379,331
ネット・バカ インターネットがわたしたちの脳にしていること
ニコラス・G・カー
青土社
売り上げランキング: 152,254
オートメーション・バカ -先端技術がわたしたちにしていること-
ニコラス・G・カー
青土社
売り上げランキング: 64,809
スタートアップ・バブル 愚かな投資家と幼稚な起業家
ダン・ライオンズ
講談社
売り上げランキング: 13,931
FinTechが変える! 金融×テクノロジーが生み出す新たなビジネス
朝日新聞出版 (2016-06-07)
売り上げランキング: 29,702
ルポ トランプ王国――もう一つのアメリカを行く (岩波新書)
金成 隆一
岩波書店
売り上げランキング: 34,322
不道徳な見えざる手
不道徳な見えざる手

posted with amazlet at 17.09.05
東洋経済新報社 (2017-05-12)
売り上げランキング: 5,472
反脆弱性[上]――不確実な世界を生き延びる唯一の考え方
ナシーム・ニコラス・タレブ
ダイヤモンド社
売り上げランキング: 816
Related Posts with Thumbnails
Send to Kindle
Rashita
物書きをやっております。実用書から小説までなんでもござれのハイブリッド物書きです。 ライフハックや仕事術、知的生産などに興味があります。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です