擬くことで送り届ける

『メイキング・オブ・勉強の哲学』を読んでいたら、次のような文に遭遇した。

今回の『勉強の哲学』も、そんな僕の欲望が形になったものです。この本は一見、自己啓発本めいた体裁をしていますが、これは一種の擬態です

つい先日、『問題解決大全』の書評で、私は次のように書いている。

本書は、擬態している。あるいは、トロイの木馬と言ってもいい。強調して言えば、「実用書風」なのだ。

見事な呼応だ。

でもって、拙著の『「目標」の研究』も、ある種の擬態ではある。「〜〜風」に読めるのだ。

浸食。

ある領域に、異なる領域のものを持ち込むこと。

そこで必要になるのは、「よし、通れ」の許可である。門番のGOサインだ。

しかし、その門番は異なる領域のものを排除するために存在している。つまり、何かしらの戦略が必要だ。

ふりをすること。

生物でもその戦略をとるものは多い。擬態し、溶け込み、獲物を狙う。あるいは、「あなたの卵ですよ」と別の生き物に自らの卵を押しつけるものだっている。受容体に対して、あたかも物質○○であるかのように作用する別の物質、というのもある種の「ふり」であろう。

門番を眠らせる、という手がないわけではい。なんなら殺したっていい。免疫機能を抑えれば、「自己」以外のものを体に投入することだってできる。

が、それはあまりにもヘヴィーだ。ハードランディングだ。いっそ暴力的ですらある。ようするにそれは、洗脳なのである。費用対効果は抜群に高いが(無限の忠誠心は、一帯いくらに換算できるだろうか)、まっとうなやり方とは言い難い。

ほかに手段があるなら、他の手段をとりたいものである。

平和裏にトロイの木馬を送り、政治でも軍事でもなく、文化を変えてしまう。そんな革命。

もう一度言おう。

異なる領域に、届けること。

そこには、戦略が必要である。門番はどこにでもいるし、ときにそれはひどく強固で、偏屈ですらある。国内状況が思わしくないならば、なおさらだろう。騒がしい精神ほど、異物を嫌うし、他者を退ける。

ふりをすること。

そのためには、こちら側だけでなく、あちら側にも通じていなければならない。その上で、ミイラにならないこと。深淵をさらに見つめ返すこと。

そういうことが、必要なのであろう。