0-知的生産の技術

なんにせよ、確認が大切だ。

文章を読む。すると、あなたの頭の中には、何かしらの理解が生まれる。

問題は、それだけでは、つまりその理解が頭の中にあるだけでは、書き手が伝えたかったことと合致しているのかがわからない、ということだ。これは、文章だけの問題ではなく、会話などを含めたコミュニケーションという名の情報のやりとり全般で起こりうる。

とりあえず、そういうときは、「それって、こういうことですか」と尋ねてみればいい。「はいそうです」と答えが返ってくるかもしれないし、「いいえ違います」という答えが返ってくるかもしれないが、一つのフィードバックは得られる。

入れる→出す→入れる→出す→入れる→……

もし、それが何かしらの原理・原則・方法・法則に関する事柄ならば、〈例示は理解の試金石〉を使ってみる手もある。『数学ガール』に登場すると、素晴らしい箴言だ。

抽象的に示されたものを、一旦具体に落として考える。そこで、整合性があるのかを確認する。

もちろんここでは、バイアスが出てくる点に注意が必要となる。その原理・原則(エトセトラ)をあなた自身が信じたい、あるいは本当だと思っているときは、うまく整合性がある例を考えてしまう。良い成績を取って欲しい生徒が得意な問題に合わせて、試験を作るようなものだ。これはあまりよろしくない。

だから、いろいろ例示してみるとよい。

「〜〜〜すると、○○に良いんです」

と書かれてあったら、〜〜〜以外で、○○に良いことは存在しないだろうか、〜〜〜しないときの○○はどうなっているかだとか、〜〜したときの副作用なんかについても思いを巡らせてみる。

こうしていろいろ確かめる。

その後で、ポケットにしまう。なんなら、金庫に収納する。

いきなり入れてはいけない。

宝石と思っていたものが、石ころかもしれないからだ。

頭の中にある理解は、いつだって誤解でありうる。

自分がわかったという感覚は、真実性とはあまり関係がない。

人によっては、真実性をメッキ貼りして情報提出してくることもある。

なんにせよ、確認が大切だ。

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