5-創作文

Rashita’s Christmas Story 9

 クリスマスイブに、家で飲むほうじ茶ほどおいしいものはない。電気のケトルでお湯を沸かし、百均で買ったコップにティーパックを浸す。スーパーで買った1つ10円もしない安物だ。ふぅ。至福のひとときが訪れる。いまごろ世間の連中は、混み合う場所で慌ただしく食事をしているのだろう。むろん通常価格よりも割り増しだ。〈クリスマス特別〉とつければ皆が喜んでその料金を支払う。なんとも信じがたい行為だ。幸福は、暖かいこたつと、ほうじ茶にあるというのに。

 部屋があまりにも静かだったので、降り始めた雨音がはっきりと聞こえてきた。バカ騒ぎを繰り返すことしか能のないテレビは切ってしまったし、どうせ見もしないメッセージばかりが飛び交うラインは通知をオフにした。どこかでパーティーをしている連中の一人と、別の場所でパーティーをしている連中の一人が、何をとちくるったのか、お互いの状況をグループラインで報告しあっている。どちらのパーティーにも誘われなかった私は、乾いた笑い声さえ湧いてこない。
 いや、実はちゃんと誘われてはいたのだ。でも、今日はバイトの予定だった。他に入る人もいないだろうと、がっつり働く気でいたので、断ったのだ。「ちょっと、どうしても抜けられなくてさ、私の代わりはいないっていうか、店長から頼りにされてるって感じ?」そんな大見得を切って断った手前、「多村さん、クリスマス予定入ってるでしょ。シフトはバッチリ埋めておいたから、しっかり羽を伸ばしてよ」と笑顔で店長に言われた後でも、「ゴメン、やっぱ参加するわ」とは口が裂けても言えなかった。
  
 雨音が強くなってきた。今頃外で行列を作っている連中は大慌てだろう。いい気味だ。クリスマスに楽しそうにする連中など呪われてしまえばいいのに。沈黙した部屋の中に、私の毒気だけが充満していく。そのことに気がつくと、とてもいやな感じがした。漫画やアニメなら、そこから何か召喚されるようなシーンである。きっと、にょっきりとツノを伸ばし、漆黒のマントを纏った何かが空間の裂け目から抜け出てくるのだろう。そうであったら、どんなにいいだろうと思う。だって、この世界で本当にその裂け目から出てくるのは、純白の聖衣を纏った何かなのだから。無条件で、私の悪意を肯定してくれる何か。そのことに一切の疑いを抱かせない何か。

 しかたなく、私はパソコンを立ち上げて、いつものSNSにアクセスした。皆のつぶやきが流れるタイムライン。そこにはもちろん、パーティーで盛り上がっている連中やら、レストランで行列を形成している連中はいなかった。むしろ、ほとんど当たり前のように日常が広がっており、クリスマスイブなんてどこ吹く風である。中には、それを笑いものにしようとやっきになっている人すらいる。いろいろなところに、いろいろな連中がいる。そうして世界は回っている。ほんの少し、私の部屋と同じにおいがした。

 私はもう一度お湯を沸かし、ほうじ茶を入れる。もし叶うなら、このタイムラインにいる人々に、このほうじ茶を振る舞えればいいのに。なに、たかだか一杯10円くらいのものだ。たいした出費ではない。高級レストランで食事をすることに比べれば、ささやかな出費である。
 私は少しイメージする。私がボタンを押すと、皆にほうじ茶が振る舞われる。別の人がそれを啜りながら、またボタンを押す。すると今度はおかきが皆に振る舞われる。もちろん、私もその中に入っている。そうして、皆が少しずつお裾分けして、こたつの中でタイムラインを眺める。なんとも楽しそうなクリスマスイブの過ごし方ではないか。
 そこではきっと、日常とはほんのちょっと違う日常が繰り広げられるのだろう。そういうのは悪くない、と私は思った。うん、悪くない。
 気がつくと、部屋の中にあった裂け目は消え去っていた。
 
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