引き出しの中の宇宙

リスト化は有限化の手法ではあるが、リストは有限性を保証してはくれない。

この非対称性は、なかなか厄介だ。

引き出しの中の宇宙

たとえば、家の中にいるとしよう。で、家の中で生活しているときは、その家が何番地にあるのかは意識しなくても問題ない。冷蔵庫から大根を取り出すときに、自分の家の町番号がわからないといけない、ということはない。

同じように、自分の家がどの都道府県に属しているのか、どの国に属しているのか、どの惑星に位置しているのか、どの銀河にあるのか、みたいなことは考えなくてもよい。家の中にいるときは、あるものがどの部屋にあるのか、どの家具(あるいは家電製品)にあるのか、どの引き出しにあるのかだけを意識すればいい。

有限化である。

しかし、引き出しを開けたら、また引き出しがあって、その引き出しの中にも引き出しがあって、という奇妙な構造の洋服ダンスがあると、少々厄介である。そこにあるのはわかるのだけれども、実際に目的のものを手にすることがなかなかできない。

しかも、引き出しを開けたら、その中に宇宙があって、そこから銀河を特定して、惑星を特定して、国を見つけて……みたいなことになっていると、もはやお手上げである。

もちろん、物理的にはそんなことは起こりえない。いや、時空をねじ曲げるテクノロジーが登場すれば話は変わるが、一応現代ではそういうことはできないことになっている。だから、物理上はそんなことは起こりえないと考えておいて間違いない。物理的には有限化はうまく機能する。

しかし、概念(情報)だと、話は変わってくる。家の中にいるのに、「引き出しの中の引き出しの中の引き出しの中の引き出し」について把握しなければならない状況がやまほど起きうる。もちろん、引き出しの中に宇宙だって登場してしまう。こうなると、どうしようもない。リストでは手に負えない。

いや、もちろんそこにはリストはあるのだ。リストとして記述できる情報構造体は存在している。が、それは人間の認知の手には負えない。たぶん、階層構造が30以上もあれば、それは人間の認知にとって無限と同じくらいつかみどころがないものに感じられるのではないだろうか。

銀河を統べる視点で、タンスの中のものを探すことはできない。

さいごに

別に難しい話をしようというのではない。「プロジェクトのブレイクダウンによる行動のリストアップ」というのは有効な手法なのであるが、それを再帰的に適用していったときに、本当にうまくいくのか、という点は一応疑っておいた方がよいだろう、ということだ。小さな領域でうまくいくことが、そのまま大きな領域でも通じるという保証はどこにもない。

個人的な経験から言って、「プロジェクト・行動」はうまく機能するし、ぎりぎり「プロジェクト・サブプロジェクト・行動」も機能するが、「サブ・サブプロジェクト」などを作りたくなってきたら、だいたい危険なサインである。引き出しの中に宇宙が生まれようとしている。