執筆法

アイデアをとりもどせ!

先日、以下の文章を書いていたとき、非常に困った事態に陥りました。

第十一回:広く伝播しただけでは稼げない問題|倉下忠憲|note

当初は、Youtuberってプラットフォーム依存だから大変ですよね。広告ってたいへん、みたいな文脈を提示して終わりにしようかと考えていたのですが、文章を書いていたら少し前に読んだとある記事のことを思い出しました。自分で広告を管理して、しっかり収益を上げておられる方のブログです。

その記事を紹介することでメディアと広告の関係がより立体的に浮かび上がってくるのではないかと思い、その記事も合わせて紹介しようとして、ふと手が止まりました。リンクがない。

たしかたまたまタイムラインに流れてきた記事で、そのまま読んで終わりにしたのでEverntoeにはWebクリップしてありません。Pocketにも入っていません。うむむ、どうしたものか。

とりあえず、「ブログ 収益」みたいなキーワードでググリたくりますが、見つかるのは「ちがう、そうじゃない。そうじゃないんだよ」という記事ばかり。記憶の残滓にあるイメージからキーワードをとっかえひっかえしてみるも、結果は惨敗。おお、Googleよ。君はいったい何をインデックスしているのかね。

ただ、万策尽きたわけではありません。たしか、その記事を読んで、私は何か一言添えてツイートしたはずです。ツイートのログはEvernoteに残っているので、そこから探せば発掘できるはず。

で、ツイートログを「ブログ」で検索してみると、これがもう無茶苦茶見つかります。ノイズだらけで一つひとつノートを開けていく気力すら湧いてきません。

どうすんの、どうすんの? もうその記事の紹介なしで話を進めちゃう?

なんて思いがよぎりかけたところで、「そうだ」という思いつきが。少なくともその記事をパソコンのFifefoxで閲覧したことだけはたしかに記憶にある。だったら、その履歴を検索すれば。

ビンゴ!

2017年の履歴から「ブログ」で検索したら、見事に目的の記事がヒットしました。おかげで、無事上の原稿でもその記事が紹介できた、というわけです。

さて、他の人がどのように文章を書いているのかは知りませんが、私が文章を書くときは、このように話を展開していきつつ、その話の流れから想起したマテリアルを文章に埋め込むことで、全体の幹を太くし、枝を伸ばしていきます。

結果的に、そこから生まれる文章は私にしか書けないものになる(はずな)ので、それはそれでFeel so goodなわけですが、問題があるとすれば、ある時点で自分が「何を思い出すのか」を事前に予想することはほとんど不可能に近い、という点です。

未来の時点で、自分が何をテーマに文章を書くのか、その文章はどのような流れを持つのかは、完全に確定しようがないので、それはもうどうしようもありません。

だからこそ、貪欲なクリップが必要となります。いつなんどき、なにが必要になるかわからないので、とりあえずクリップしておく。あるいは、検索できるようにしておく。

そうすることで物書きは、「弾薬庫」を手にすることができます。

逆に、今回のようにうっかりクリップミスをしてしまうと、大慌てで探し回ることになり、見つからなければせっかく生まれた「連想」を文章から外さなければいけない事態も生じます。アイデア・ロストです。

過去の時点では何を利用するかが確定できず、未来のそのときになって初めて判明する。このような非対称性に注目すると、クリップの必要性は改めて論じるまでもありません。

アイデアを取り戻すこと。それがなければ、失われてしまっていた何かを保持すること。まるで、タイムマシンで過去に自分を送り込み、必要な記録装置を発動させて、現代に戻ってくるような感じがあるかもしれません。大げさに聞こえるでしょうが、記録がうまく使えると、そのような気分が湧いてくるものです。

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