サブカと参考書 | ≪差異とイテレーション≫ | 1

高校時代、参考書を買うのが好きだった。

書店に行き、苦手な教科や底上げしたい教科の参考書を買うだけで、自分の学力が上がったような気がした。勉強した気分の先取りである。

無論、参考書を買っただけでほんとうに学力があがることはまずない。きちんと読み、問題を解かないといけない。でも、怠惰な僕は、積極的に取り組むことはなかった。やがて、参考書の魔力は消え去り、再び書店に足を運ぶことになる。そこには、僕の学力を上げてくれる新しい参考書たちが待ち受けている。僕は意気揚々とそれらを立ち読みし、「これ!」という一冊を手にとってレジに向かう。まるでドラッグ中毒者ではないか。

結局、ほとんど新品同様の参考書が山積みとなった。懐かしい思い出である。

同じ徹は二度と踏むまい、と強い決意があったわけではないが、参考書を買い漁っても学力向上には何の役にも立たないことは実感していたので、基本情報技術者の試験を受けたときは、上下巻の参考書と問題集をそれぞれ1セットだけ買った。そして、試験当日まで、その問題集をひたすら解きまくった。

すべて通しで三回、間違えたところや苦手なところだけをピックアップするのは数知れず。とにかく、その問題集をひたすら繰り返した。参考書も繰り返し読んだ。来る日も来る日も、その本たちと向き合い続けた。

結果的に、試験には合格した。

そりゃまあそうだろうな、と今の僕は思う。あそこまで情熱と資源を注いだのだ。ほとんど暗記するくらいだった。足きりがよほど高いところにない限りは、まあ受かるだろう。

今はとても同じことはできないだろうけれども。

「ボーダーブレイク」というロボットアクションゲームがある。オンラインで別のプレイヤーたちと戦う対戦ゲームだ。

そのゲームはランク性であり、良い成績を収め続ければどんどんとランクが上がる。ランクは対戦相手の振り分けにも使われるので、低ランクは低ランク同士、上位ランクは上位ランク同士で戦うことになる。

「ピーターの法則」ではないが、その人のランクはその人の実力に見合うまでは上昇する。逆に言えば、実力に見合ったランクに落ち着く。たとえばそれがAランクだったとしよう。当然彼は同じAランクのプレイヤーたちと戦うことになる。自分と同じような実力を持ったプレイヤーたちだ。

当然戦果は均衡し、思うような結果はなかなか残せない。というか、思うような結果がなかなか残せないからこそ、彼はAというランクにいる。そうでなければ、上のランクに上がっているはずである。

彼はそのランクで常にギリギリの戦いを迫られる。いっそストレスですらあるだろう。思うようにいかないことは、結構な重圧なのだ。

ここで「サブカ」の登場である。サブのカード。

ランクはカードごとに管理されている。だから、プレイするときに新品のカードを用意すれば真っさらな状態から始められる。すると、何が起きるか? 無双だ。なにせ相手は始めたばかりの初心者プレイヤーばかりである。仮に自分が高いランクにいなくても、そのプレイヤーたちよりははるかにうまく、はるかに強い。結果、蹂躙できる。多大な戦果を残せる。

あたかも自分がうまくなったような感覚を味わえる。

でもやがて、そうやって戦果を残していけばランクがあがり、再びAランクに辿り着く。そこで再び苦戦する。なにせ彼がやってきたのは単なる弱い物いじめである。それは楽しい行為なのかもしれないが、実力の向上にはまったく貢献しない。

そうして再びサブカ(サブ・サブカ)が登場する。楽しさは復活し、再帰の回路がまわり始める。

新しい参考書を次々と買うことも、サブカを作り直して無双することも、「ある感覚を作り出す」という点では共通している。差異の感覚だ。

参考書を新しく買えば、あたかも自分が勉強ができるようになった「感覚」を味わうことができる。

サブカを作り直して初心者をいじめれば、あたかも自分が強くなった「感覚」を味わうことができる。

そこには差異がある。差異が味わえるのだ。

もし、人生を楽しいことで満たしたいなら、サブカを作り続ければいい。参考書を買い続ければいい。きっとそれは「楽しい」生活になるはずである。『Dr.Hack』のハカセが言う〈メビウスの環〉がそこにはある。

一通り階段を昇ったら、ぴょんと飛び降りてまた新しく昇り始めればいい。それでずっと階段を登り続けている感覚が味わえる。厳しい状況に直面して、歯を食いしばりながら次の一歩を踏み出すような状況は避けられる。ほとんど同じことを繰り返しているようで、自分のレベルがあがっているのかどうかすらわからないような曖昧模糊とした状況は避けられる。

楽しさ原理主義とはつまりはそのようなものだ。楽しさを生まないようなものを徹底的に剥離すれば、後に残るのは楽しさだけ。非常にシンプルでわかりやすい話だ。そして、世の中のシンプルでわかりやすい他の話と同じように、それはどこにもいけない。

当たり前だが、これは人生は苦痛で満ちていた方が良い、という話ではない。階段には踊り場があり、そこでは昇っている楽しさは味わえない、ということだ。えいや、というようなやけくそさ、合理では起こせない行動、差異の感覚とは無縁な何かが必要となる。

ほとんど景色の変わらない螺旋階段をグルグルと昇り続けることができるか。もっと言えば、そこに差異を見出すことができるか。それが扉の鍵である。

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