「あれ」という想起の扱い

あらかじめ構成を考えないままに文章を書いていると、展開の多くを連想に頼ることになる。

何か書いていて、「あっ、そうだ。あれについても書こう」などと思いつくわけである。

そのときの「あれ」はどのような形で思い浮かぶのか。明確な文言と参照元を備えたデータベースが表示される? No

だいたいは、「春樹さんがこれについてどこかで書いていたな」とか「友人の成功を妬む俳句かなんかがあったな」みたいな形で記憶が想起される。

呼び出したい記憶そのものではない。その記憶を取り巻く周辺記憶、あるいはメタ情報だけがポツンと思い出せる。

むろんそのままでは使用に耐えないから、検索という名の探索が始まる。

思い出せた周辺記憶が曖昧であるほど、つまり、本陣の記憶から遠いか、あるいは一般的なメタ情報しか思い出せない場合、その探索は困難を極める。が、それでも道はある。思いつく限りのキーワードを試していけばいい。

問題は、保存してある記録がなんのメタ情報も有していない場合である。この場合は、ほぼ見つけようがない。目視で一つずつを試すには、世界の情報はあまりに多すぎる。

だからこそ、メタ情報は有効であり、情報はリンクでつないでおく必要がある。私たちの想起の形が思い出したいものをダイレクトに想起するものであれば一切不要なのだが、だいたいはリンクネットワークの周辺をぽつんと思い出すことになる。記憶の輪郭。そこから「あれ」に辿り着くためには、ノード経由の探索が必要なのである。

直接思い出せるものはいい。問題は「あれ」の扱いである。それが知的生産における情報管理の一つの要点ではあろう。