Evernoteの検索がなんとなく気重い件

検索は日常に欠かせない行動になった。

一体何回行っているのかはわからないが、両手の指では足りないことは確かだろう。あれも検索、これも検索。そうして情報を取り込んでいく。

ここまで(Google)検索に慣れ親しんでいるにも関わらず、不思議とEvernoteで検索するのはどこかしら面倒さがある。「あっ、これは検索しないと見つけられないな」と感じると、どこかしら心の重さが発生してしまう。

同一ノートブック内で、目視で探せるなら。そんな重たさはどこにもない。ノートブックを移動するとなると、少し発生する。そして検索となると大フィーバーだ。あれほど毎日何度も行っているにも関わらず、そう感じるのはなぜなのだろうか。処理の重たさ? そうかもしれないし、そうではないかもしれない。

最近Evernoteの運用方法を変えて、その実感はさらに強まった。運用方法のベースとなったのはScrapboxである。ほとんどあれと似たように使えるようにEvernoteに手を入れている。

だから、最近はほぼ単一のノートブック内で作業をしているし、ノートリンクを多用することで、目視や検索なしでノートにたどり着けるようになっている。

で、だ。

たとえば、あるノートにたどり着くためにノートリンク3回のクリックが必要だとしよう。手順で言えば、いくつかの距離が開いている。でも、これは全然面倒ではない。少なくともノートを検索することに比べれば、キャビアと黒ごまくらいの差がある。圧倒的に楽チンであり、心理的距離感が近い。

この違いはどこにあるのだろうか。

Evernoteの検索なら、検索ウィンドウにキーワードを打ち込んでリターンで終了だ。実際の速度はCPUやメモリに依存するだろうが、手を動かす作業自体はそれほど多くない。でも、そこには重さがある。その重さは一体何か。

強いて言うならばそれは「移動」の感覚である。あるいは、「遷移」と言ってもいい。

皆さんのブラウザはどんな設定になっているだろうか。

何かのページを表示していて、ブラウザの検索バーから何かを検索したらどうなろだろうか。私の場合は、検索結果が別のタブで開くことになっている。もしこれが、新規のタブではなく、今表示しているページを上書きするようになっていたらどうか。たぶん、Evernoteを使うときと同じような「重さ」を感じるだろう。

「現在地点」が変わってしまう、崩れ去ってしまう。そのような移動/遷移の感覚が、あんまり検索したくない気持ちを生み出しているかもしれない。

解決策は一応ある。Evernote for Macではタブがあるので、常に二つタブを開いておき、一つは常駐用、もう一つは検索用として使えばいい。メモリ的な負荷は高まるだろうが、心理的な重さは減ると予想される。

ちなみに、私の現在の運用方法だと、ノートは常に独立ウィンドウで表示させるので、ノートリンクをクリックしても常駐しているノートブックから移動することはまったくない。たぶん、この点が気安さにつながっているのだと推測される。

なんにせよ──図書館と同じように──、気楽に自由に動き回れることが情報整理ツールでは重要である。でもって、その中で作業をするならば、固定化できる「場所」も必要だろう。落ち着いて座れる椅子と机がないと、なかなか作業は捗るものではない。それは案外大切なことである。

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