“「改めて知的生産の技術について」を図式化”を読んで考えたこと

メルマガでは、「知的生産の技術」について考察しているのですが、以下の記事でリアクションを頂けました。

[知的生産]倉下忠憲さんのメルマガ第386号の「改めて知的生産の技術について」 #知的生産の技術 を読んで考えたこと: pmastyle

こうして自分が考えたことが他の人の思考を刺激するのは嬉しいものですね。でもって、キャッチボールのように私も上の記事から考えたことを書いてみます。

注目したのは、上の記事の「考えたこと(3)「改めて知的生産の技術について」を図式化する。2」です。自分が以下の四つの項目を考えたときは、カテゴライズみたいなものは一切考えていなかったのですが、

・個人の趣味としての「知的生産」
・知的生活を支える技術としての「知的生産の技術」
・知識労働者が必要とする「知的生産の技術」に含まれる情報を扱う技術
・情報社会市民が必要とする「知的生産の技術」に含まれる情報を扱う技術

たしかに、「個人/集団」「仕事/生活」という軸による分類はできそうです。

で、上の記事にあった図式を元に、もう少しつっこんで考えてみました。

まず真っ先に思ったのは、仕事/個人と仕事/集団の切り分けです。梅棹さんの『知的生産の技術』で開示されているのは徹底的な個人の知的生産仕事に関する技術でした。一方川喜田さんの『発想法』はどちらかと言えばチームによる知的生産仕事の進め方であり、その展開が最近のいわゆる「ナレッジマネジメント」です。

仕事による知的生産は、個人と集団に分けられて、就く仕事によってその重みは変わってきます。私のようなフリーランスなら個人寄り、組織に属しているなら集団寄りですね。でもって、どちらも大切であることは間違いありません。

ただ、「知的生産の技術」として語られることの多くは個人寄りであるので、集団のそれはもっと開発されてもよいでしょう(あるいはその重要性が認知されてもよいでしょう)。でもって、さらに重要なのはこの二つの接面(インターフェイス)をいかにデザインするのか、という点です。個人の知を集団の知へ転化する、あるいは集団の知を個人の知へ転化する。このあたりに関しては、Scrapboxというツールは面白さと期待感を感じています。

で、仕事が「個人/集団」で切り分けられるなら、生活でも同様でしょう。「個人の趣味」は当然個人に属するわけですが、よくよく考えれば個人以外の趣味だってあるわけです。たとえば、幾人かで集まって同人誌や電子雑誌を作るというのは「集団の趣味」(集団での趣味)と言えるかもしれません。それはもちろん、個人の趣味の「持ち寄り」によって形成されるわけですが、そこに独自の技術があると想定するのは難しい話ではありません。

ただ、それにどんな名前を当てればいいのかわからないので、上の図では空欄にしてあります。

次に知的生活ですが、これはもう個人に属するしかありません。仮に「知的集団生活」という言葉を設定してみても、その響き自体は面白いですが、それは知的生活とは何か別のものを差しているでしょう。知的生活とは、ひとりで思索する生活のことです。それは様式よりも、姿勢に重きがあります。個人として(つまり、周囲に自己に関する決定を依託することなく)生きること。

もちろん、そういう話とは別に集団で知的的なことをやってもいいのですが、それはナレッジマネジメントに吸収されそうです。あるいは、この二軸以外を設定すれば、何か新しい概念が出てくるのかもしれません。

ともかく、知的生活そのものが仕事に直結する人と、全然そうでない人はいるでしょう。知的生活を営みながら知識労働にいそしむ人もいれば、知的生活を営みながらそれは趣味として留めて仕事自体はぜんぜん別のことをやっている人もいるはずです。

で、最期に”情報社会市民が必要とする「知的生産の技術」に含まれる情報を扱う技術”ですが、これはすべての領域にまたがる広い概念です。そうなのです。この概念を論じようと思えば、すさまじい領域について言及する必要があります。大仕事です。

でもって逆に言えば、これまで言及してきた各々の要素について言及すれば、少なくとも一部分はこの領域について言及している、ということになります。その「各々」を加算していくことで、この全体領域にリーチする、という方法もあるかもしれません。

というわけで、自分なりに改めて図式化してみた上で考えてみました。やっぱり図にすることでこれまでになかった観点が得られますね。”手を動かすことは、頭を動かすことである”、というのは私の言葉ですが(さっき作った)、思索を進めるための道具箱にはいろいろ入れておきたいところです。

で、この図を書きながら思ったのですが、この二つの軸とは別に「アウトプット・ニーズの有無」みたいな切り口で分類できるかもしれません。個人の知的生活はそれほど生産ニーズは高くないですが、仕事は個人でも集団でもニーズは高く、趣味としての知的生産は当然ニーズが高くなります。でもって、たとえば学校のPTAの集まりは、情報共有の技術は必要でしょうが、アウトプットニーズはそれほど高くないでしょう。

このようにアウトプットニーズに注目することで、その領域で必要とされる技術のポートフォリオが形成できるかもしれません。これも改めて設定しておきたい考点です。