タイムラインノートとそのレビュー

最近行っている雑記管理がなかなか好調なのでご紹介。

使っているツールは7wrinerだがテキストエディタやアウトライナーに置き換えても問題ないだろう。

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日々の記録

まず、日常的に思いついたことを書き留めていく。書き留めるというか、書き出すことで頭の中から掻き出す、という感じが近い。

私の場合は、「○月○日の自由書き」という項目を朝一番に作成し、その下にずらずらと並べていく。

だいたい朝起きたときですら、その日にやりたいこととか気になることが頭の中に浮かぶものである。それを掻き出してしまう。

あとは随時思いついたことを掻き出す。一応私はTwitterジャンキーなので、ここに書いたことを改めてTweetすることもあるし、Tweetしたものをこちらにコピペし直すこともある。

感覚的には、ほぼ日手帳に書き込むような感じである。そういう感覚で、「自由書き」の欄に日々書き込んでいく。

記録の移動

次の日の朝に(あるいはその日の一番最後に)、1日分の「自由書き」をEvernoteにコピペする。コピペ先は「デイリータスクリスト」用のノートである。

そのノートには、一日の行動記録、タスク記録、雑記が集められる。で、雑記を担当するのが「自由書き」である。

まずここで、一度目の再開が発生する。昨日書いた自由書きを読み返す機会が発生するのだ。これは、手帳の新しいページを開くときに、前日の記録が少し目に入るのと少しだけ似ている。

それで何かを思い出すかもしれないし、何かを思いつくかもしれない。何かあれば、今日の分の自由書きに書き込めばいい。

週次

一週間経ったところで、いったんその週の分をつらつらと読み返す。

その時点で、「ああ、これはもうどうでもいいや」と思えるものは削除する。7wrinerならボタンを押すだけでその項目が消えるのが便利である。他のツールなら行ごと削除となるだろう。

たとえば、「銀行に記帳にいかないと」という書き込みがあり、その週のどこかで記帳に行っていたらなもうその記録は必要ない。それはもう「気になること」ではなくなっている。

あるいは、「世界征服をするために必要な3つのこと」という書き込みがあり、一週間経って読み返しても何一つ心に響かないなら、消してしまう。

もちろんここで、「もしかして」の心理が湧き起こることは想定できる。もしかして、どこかで使うかも、という〈もったいない精神〉である。が、安心していい。これらの記録はすでにEvernoteにバックアップされている。万が一のときはそこを探せばいい。まあ、たいてい万が一のことなど起きない。

とりあえず、こうして見返すと、いくつかの項目は消える。が、一週間ですべての「気になること」が消えることはありえない。「新しい知的生産の技術のサイトを作りたい」などと書いてあっても、それがすぐに実行に移されるとは限らないだろう。

よって、項目は残る。でも、気にしない。それでいい。

月次

一ヶ月経ったら、その月の分を再び読み返す。

縦のラインには一ヶ月分の「自由書き」が残っている。いくつかの項目は消えているだろうが、実際大半は残っているだろう。

今度はそれをもう少ししっかり吟味していく。で、不要なものは削除してしまう。

一ヶ月経つと、さらに多くのことがどうでもよくなっている。そういうときは、サクサク消してしまう。大丈夫、バックアップは残っているのだ。

もし一ヶ月経っても、居座り続け、さらに私の琴線に響くようなものがあれば、別の場所に移してしまう。「プロジェクト」にするか「イシュ−」にするか「企画案」にするかは、内容によってまちまちだ。とりあえず、普段使っているタスク管理ツールや情報整理ツールへと移動する。で、そうしたら7wrinerから消してしまう。

つまり、どうでもいいものは消す、どうでもよくないものは移す。そういう「処理」を行う。ここでの目標は、一応「全項目の削除」である。なぜか? でないと人は前に進んでいけないからだ。

仮にここで10個の項目が残るとしよう。一年経てば120個である。10年で1200個。そんなものを抱えて生きていたいだろうか。そもそも、そんなことが可能だろうか。

いずれにせよ、人は何かを捨てて前に進まなければならない。そうでなくてもやらなくてはならないことは多いのだ。だから、消してしまう。少々の気になることであっても、多少やる意義があることであっても、頭の外に追いやってしまう。

大丈夫。バックアップは残っている。単にメモリ領域から解放するだけだ。そう言い聞かせて、消し去っていく。

それでもなお消したくなくて、かつ適切な行き場所が見つからないものは残しておく。私は「自由書き」のラインの横にそうしたものの置き場を作っているが(これが7wrinerの便利な点である。なぜならその場所は目に入りながらも目に入らない場所だから)、テキストファイルなら別のファイル、アウトライナーなら別の項目を作ってそこに移動しておいてもよいだろう。

さいごに

ポイントは何だろうか。

時間を置いて、複数回「判断」の処理を入れることだ。

思いついた瞬間は常にHOTである。それは常に重要そうに、大切そうに、面白そうに感じる。それは一面では真実であるが、かといってそれらすべてに関わっていられるほど私の人生は長くはない。

だから冷ます。時間を置く。そして、捨てるものを見極める。

時間が経てば、「気にならない」ものは増える。二つのやるべきことが、一つのやるべきことに統合されることもある。性質は、変化するのだ。

それでもなお熱が残るものがあれば、それは人生の時間を割く価値があると判断できるかもしれない。もちろん、その判断を下すことはあなた自身であるので、これは絶対的な条件判断式ではない。ワクワクしないものは捨てなさい、というルールでもない。熱が残るものについては、改めてその処理について考える時間を取る価値があるだろう、という一つの指標である。

はじめてのGTD ストレスフリーの整理術

私はこのような段階的評価方式をナチュラルレビューと呼ぶことにする。GTDのデビッド・アレンがナチュラルプランニングという言葉を使っていたが、そのモジリである。

瞬間は反応で、刹那的になりがちだ。もちろん、それが必要なこともある。しかし、それとは別の時間軸も必要だろう。

そしておそらく、脳の記憶評価のシステムも似たような段階式を用いているのではないか。一気にすべてを、というのではなく、ある種の保留があり、その期間中に重要なものかそうでないのかが見極められるのではないか。

だとすれば、その方向性に沿うように記録を管理することは、あながちおかしいことではないように思う。

もちろん、すべてをこうせよ、という話ではないことは改めて書いておく。雑多なものの扱いについての話だ。

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