0-知的生産の技術

リストを作り、情報を整える

以前書いた記事にコメントをいただきました。ありがとうございます。

これは結構大切なことです。試験に出るかもしれません。

私もこうしたやわらかい指針を書いているノートは混沌としています。いろいろなものが混じっています。だから、明らかにこれは指針として機能するよね、というものと、指針なんだかちょっとわからないものでは記述を変えるようにしています。具体的には行頭のマークと書く場所を分けています。

この点から言って、アウトライナーよりはノート系ツールの方が管理が楽なのですが、それは別の話なのでここでは割愛します。

ともかく、やわらかい指針は、もっと言えば、「やわらかい指針」として私が思い浮かべることは混沌としています。というか、私の意識のバックグランドがそもそも混沌としているのです。明確に切り分けられたカテゴリに即して記憶を分類している人はほとんどいないでしょう。

だからこそ、GTDが効果を発揮するわけです。曖昧で、混沌としているものを、自問という認識ツールによって振り分ける。もっと言えば、明確な形を与え、それを適切な場所に放り込む。それが、情報整理手法としてのGTDの白眉です。

とは言え、GTDがあらかじめ準備してくれているリストだけで果たして足りるのか、という疑問は残ります。私はやや弱めに、「たぶん無理だろう」と答えます。あのセットは雛形的には機能しますが、それだけで十分とは思えません。人の環境や性格によってもっとバリエーションがあってもいいはずです。

たとえば私は、「プロジェクト」の他に「イシュー」という分類を作りました。これは、「継続的な行動を必要とし、自分もやろうとは思っているが、仕事としてのコミットメントはないもの」を指します。コミットメントがあるものがプロジェクトで、そうでないものがイシューです。

私の経験上、「いつかやること」は永遠に実行されないので──やりたいことが日々増えすぎるのが問題なのでしょう──、行動を促進するためにそれとは別の軸を設定しました。あと、「やわらかい指針」も新設カテゴリと言ってよいでしょう。

別にこんなのはいくら作ったっていいのです。というか、自分の内側にある認識、気持ちの感じに合わせて適切に作っていくことが必要です。でないと、ツールを使えるようにはまずなりません。なんといっても、これは認識のためのツールなのですから。手の大きさに合わせて金槌を選ぶように、認識の形に合わせてリストを作る。何も難しい話ではありません。

「これとこれは一緒にまとめておきたい」「同時に閲覧できるといい」

同じものを同じようにまとめ、違うものは違うようにまとめること。

それがリストを作る、ということです。

認識と感覚と定義。

さて、あなたはどんなリストを作っていますか?